投稿者「yuruken」のアーカイブ

2012年04月

2012/04/03

六義園しだれ桜満開に id=847

例年ソメイヨシノより早め3月下旬には満開となる駒込六義園のしだれ桜が、一昨日には未だ咲き始めの感じだった。夕方には台風並みの強風とのことで、4月3日(火)13時頃六義園を覗く。予想通り「満開は今日から」といった感じ。雨が降り出していたが、観光バスが何台も止まっていた。  2012/04/03 23:45:18

2012/04/12

FM入門書出版企画専門委員会 id=850

4月11日(水)10時から浜町のJFMA会議室で開催の、第4回FM入門書出版企画専門委員会に出席。  3月21日のJFMA総会後セミナーでの、坂本会長、松成委員、成田常務理事の発表概要とアンケート結果の説明があった。アンケート回収率が極めて高く、発表は皆大変好評。会長のパワーポイントは、会長ご自身で作られた由。会長の良く勉強されていることと、FMに賭けられる情熱に驚く。  FM初心者用テキスト骨子案は、前回より大変良くなっていた。 2012/04/12 01:58:26

2012/04/16

廃校になった生野町奥銀谷小学校 id=851

母方叔母の嫁ぎ先の法事で、4月14日兵庫県朝来市生野町へ。70代の従弟夫婦が守っている旧家に、親戚30人以上が集まった。  室町時代より銀山として栄えた生野は、1973年の閉山以降過疎化が進んでいる。家の裏手にある廃校になった奥銀谷小学校(写真)は、耐震性能に欠けると診断され、補強する金はなし始末に困っているとのこと 。 2012/04/16 02:23:04

大学卒業60周年を祝う会 id=852

4月16日(月)12時から、白金台の白金亭(伊東豊雄設計)2階貸切で開催の大学卒業60周年記念クラス会に出席。  同期卒業50名(同期入学は46名)中生存者30名、出席者22名+夫人6名。10分程前に会場に着くと、9割近くがすでに着席で驚く。ほぼ定時に全員着席。  高橋幹事の開会の辞、神山委員長の挨拶と乾杯の後、会食。14時頃から、指名された5名のスピーチ。鹿児島大教授だった故立川正夫の夫人で栄養士の世界で活躍の立川倶子さんから彼との思い出と皆へのお礼の挨拶、槙文彦から昨年UIA 2011 TOKYO(第24回世界建築会議)での彼の基調講演「言語・風景・集い」の概要、鈴木嘉吉から最近の文化財修復の話、大河直躬からまだ行っている建築史の仕事の話、松谷蒼一郎から田中角栄に纏わる話など、皆聞かせる話。  その後、久し振りの出席者の近況報告、集合写真撮影などがあり、16時散会。良い会だった。                     2012/04/16 23:54:51

2012/04/18

建築学会FMシンポジウム id=853

日本建築学会情報社会デザイン小委員会主催の第14回ファシリティマネジメント・シンポジウム「知的創造活動のためのワークスタイルとワークプレイスの試み‐4(『コミュニティデザイン』の切り口から)」が、4月17日(火)13時半から田町の建築会館ホールで開催された。  小鷹義和FMWG主査の主旨説明の後、山崎亮studio-L代表取締役の基調講演「コミュニティデザインの視点から」。地域の課題を地域に住む人たちが解決するため、コミュニティデザインの視点で、まちづくりのワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、建築やランドスケープのデザインなどの多くのプロジェクトに携わってこられた山崎氏の話は、出席者を魅了するものだった。  有馬富士公園(兵庫県)、マルヤガーデンズ(鹿児島)、泉佐野丘陵緑地(大阪府)、延岡駅周辺整備プロジェクトなどの紹介から、ご自身の事務所studio-Lと穂積製材所プロジェクトの話に、聞き惚れた。  主題解説は、東京海上日動システムズ山下郁美さんの「手作りオフィス、フリーレイアウトオフィス」、日本HP豊田武史氏の「新本社構築にこめた思想」、トラフ建築設計事務所禿真哉氏の「決めないオフィス、ゆるやかなオフィス」。  休憩の後、東北大学の本江正茂氏の司会で主題解説3名とのパネルディスカッション。最後に私が「まとめ」で、18時少し過ぎに終了。  造れば良い時代は終わり、下り坂時代のわが国のデザインやこれからのファシリティのあり方を考えるとき、現状の課題解決にも新しく造るにも、コミュニティデザインは重要な切り口であると認識できた。  申込者は120名を超え、締切り後の申込みは断ったとのこと。満席の盛況で、山崎氏の話だけでなく主題解説の方々の話もパネルも魅力的で、場内からの質問も多く、大変有意義なシンポジウムになったと思う。         2012/04/18 16:24:36

 2012/04/20

衆議院新議員会館見学 id=854

4月19日(木)15時から、衆議院新議員会館見学。  2005年10月、衆議院と参議院の議員会館建直しの総合評価方式によるPFIの入札があり、事業提案の得点と入札価格を総合的に評価して落札者を決定した。その結果が、衆議院は大林組・竹中工務店のグループ、参議院は鹿島建設・清水建設・大成建設のグループとなり、国土交通省は大手5社の談合による棲み分けの疑いがないか有識者会議を設置した。  この有識者会議の座長は元札幌高裁長官で、私は座長代理を仰せつかった。同年10月から3か月強の間に3回会議を持ち、「各グループ間に棲み分けを意図した事業内容及び価格の操作は認められなかった」との事務局の詳細検討結果を了承した。  2007年度着工、2010年6月完成・引越・旧議員会館取壊しが済み、本年末外構完成予定の状況で、私は特別に見学をさせて頂くことができた。  この事業を担当された国土交通省の下野博史企画専門官、三菱地所設計の鰺坂徹部長、大林組の松岡利隆SPC総括代理人、衆議院議員会館サービスセンターの高野和明補佐ほかの方々が、議員事務室、委員長室、国際会議場などをご案内下さった。  国民を代表する国会議員に相応しい執務空間実現に、様々な制約条件の中で関係者が努力されたことが良く判り、嬉しい気持ちで17時過ぎ会館を後にした。                          2012/04/20 01:54:17

2012/04/22

茂木氏によるクスノキ高枝のカラスの巣除去 id=855

10日程前、樹林館門横のクスノキにカラスの巣発見。一昨年6月、同じクスノキにカラスが作った巣から雛が隣家の門から玄関への通路に落ち、出入りの人が親鳥に襲われ、雛が道路へ出てからは通行人が襲われ大騒ぎをした。その経験から、5月の産卵前に除去が必要と植木屋バンに頼んだ。  4月22日(日)9時前にバンの茂木氏来館、地上18m程までするすると登り、巣のある枝を切り落とした。ハンガーを組み合わせた頑丈な籠の中に、棕櫚か何かの軟らかいお椀のような巣ができていた。除去作業中心配されたカラスの襲撃はなく、良かった。 2012/04/22 15:50:44

2012/04/23

近隣のマンション建築計画説明会 id=857

4月22日(日)18時から、現在解体工事中の薮谷邸跡400㎡強の敷地に建つ8階建分譲ファミリータイプマンション「ミオカステーロ駒込」の建築計画説明会に出席。開催場所は、文京区立駒込地域活動センター。  私の住むマンションへの影響は少ない計画だが、これからほぼ同時に近所で建設される4棟のマンション計画の一つなので参加した。30名程の出席者の半数強は、旧木戸孝允邸の池を挟んでこの計画の北側に建つトーア駒込マンションの方々。直接日照被害を受ける住戸が多いだけに、切実な要求が次々出された。  この計画の6m道路を挟んだ南側でわがマンションの敷地北側に少し接する326㎡の敷地に建つ7階建てマンション「セレクト駒込」のため、既存3軒の1戸建て住戸の解体が明日から始まる。  一番問題なのは、わがマンションから100m程離れた340㎡の敷地に計画されている49戸のワンルームマンション。マンション投資のシノケンハーモニーが建築主で、近隣から要求のあった説明会は週日の14時開催で、出席できたのはたった4名とのこと。私も出席できなかった。この計画の隣接住民には高齢者が多いためか、反対運動は盛り上がらない。ワンルーム反対などで、今まで多くの実績を挙げてきた地域なのに。 2012/04/23 01:56:09

2012/04/26

4月7日90才で死去の郭茂林氏の映画 id=859

16日の大学卒業60周年記念クラス会で、郭茂林氏が7日90才で死去された話が出ていた。Webで見ると、映画「郭茂林――超高層ビルに挑んだ台湾人」がほぼ完成し内部試写が行われている状態とのこと。4月23日(月)、この映画のパイロット版をYouTubeで観る。  郭氏は、私たちが学生時代吉武研究室の助手としてわれわれの設計製図の面倒を見て下さった。霞が関ビル建設でコーディネーター役を務められた頃からは、色々な委員会でお会いすることがあった。  山下設計から三井不動産へ移った同級生、尾崎一雄の通夜でお会いしたのが最後だった。 2012/04/26 01:37:53

樹林館北側で進行中の二つの撤去工事 id=860

私が住んでいるマンション裏の木造3軒の撤去工事が4月23日に始まり、最初の1軒が25日ほぼ壊された。写真でその右の瓦屋根2件の撤去がこれから。  写真上の道路を挟んでの薮谷邸撤去は、旧木戸孝允邸の池に面するRC地下室の撤去に時間が掛かっている。道路の両側で、撤去工事が終わると8階建と7階建のマンション新築工事が始まる。 2012/04/26 13:10:35

2012/04/28

JFMA賞専門委員会 id=861

4月26日(木)19時より浜町のJFMAで開催の、第7回JFMA賞第1回専門委員会にオブザーバーとして出席。表彰規定、募集要項などの見直しが主議題。 2012/04/28 00:16:51

樹林館1階ホールの菖蒲 id=862

住んでいるマンションに、草月流生花の先生がおられ、1階玄関ホールに毎月花を活けて頂いている。 4月23日(月)に行けた菖蒲が、花開いている。 2012/04/28

2012年03月

2012/03/07

日本オフィス学会学会誌委員会 id=828

3月6日(火)15時から水天宮の日本オフィス学会で、学会誌委員会。3月末発行予定のVol.4, No.1の原稿は揃い、104頁に。Vol.4, No.2の編集日程も決める。  地主廣明教授の追悼「生きられたオフィス――多木浩二氏の逝去と悼んで」の原稿を拝見。地主教授が昨年4月に死去された「生きられた家」の著者で思想家多木浩二氏のお弟子と知り、追悼文をお願いしたが良かった。 2012/03/07 00:37:30

2012/03/08

FM入門書企画専門委員会 id=829

3月7日(水)10時から浜町のJFMAで開催の、FM入門書出版企画専門委員会に出席。  最初に坂本春生会長からこの入門書への希望の話があり、次いで松岡、似内、松成、酒井のコアによる打合せ報告と全体構成案の説明があった。  構成案について幾つかの疑念を私が述べたことから、会長も色々と意見を出された。 2012/03/08 01:48:40

季刊誌OE企画会議 id=830

3月7日(水)13時から九段下の日建設計で、季刊誌OEの企画会議。事務局の他は、日建山梨、竹中徳本の両氏と私だけ。 2012/03/08 01:50:36

2012/03/10

吉澤晋元理科大教授死去の報 id=832

理科大の吉澤晋元教授が3月8日死去の報、3月9日(金)塚田幹夫氏よりメールで。  1954年秋、電電公社建築部門の中で私は設計から音・熱・空気・光といった環境研究担当に変わり、学生時代勉強していない分野だったので東大の平山嵩先生の研究室に出入りしだした。当時吉澤氏は学部4年生で平山研の卒研生だった。  4年程で環境から設計に戻った私だったが、国立公衆衛生院建築衛生学部長として活躍されていた吉澤氏とは、色々な場でお会いしていた。  私が東京理科大学に赴任後暫くして、吉澤氏も理科大に環境工学担当教授として来られた。氏は、人間の健康と建築の問題ではWHOなど世界的に活躍しておられ、論文が海外で引用されることの多い日本の建築研究者の上位を占める方だった。  理科大を定年で辞任されてから、愛知淑徳大学教授として活躍されたが、これには当時同大学教授だった吉田邦彦氏との仲介役を務めさせて頂いた。  オフィスでの健康問題など、日本オフィス学会でも色々とお願いしたいことがあったのに、残念。心からご冥福をお祈りする。 2012/03/10 00:38:49

日本オフィス学会学会誌委員会 id=833

3月9日(金)15時から水天宮の日本オフィス学会で開催の、学会誌委員会にオブザーバーとして出席。原稿はほぼ揃い、皆で目を通す。充実した内容の号になりそう。 2012/03/10 01:50:20

2012/03/12

吉澤晋氏通夜 id=835

3月11日(日)18時から板橋区役所前駅近くの宗仙寺会館で執り行われた、吉澤晋氏の通夜に参列。供花を見て、私が最初にお会いした頃は小川晋氏だったことを思い出す。照子夫人にご挨拶、久し振り。  直らいの席では、木村翔(日大)、木村健一(早大)、入江建久(公衆衛生院)、安岡正人、倉渕隆(理科大)の諸氏らと懇談。吉澤氏が、国立公衆衛生院時代に腎臓癌を患い、理科大退職後再発し長い闘病生活だったことを初めて知る。「お久し振りです」と、吉澤研卒業生らしい人たちから挨拶を受けるが、思い出せず失礼した。 2012/03/12 01:31:25

2012/03/14

建築学会FMWGによる日本HP社大島本社見学 id=836

3月13日(火)15時から、2011年5月江東区大島2丁目に開所の日本HP社新本社見学。日本建築学会FMWGの見学会で、参加者は小鷹主査、山田、石曾根、山本、岡の諸氏と私の6人。案内は日本HPの豊田部長。  荻窪、市ヶ谷などのオフィスを統合し、約100m×55m地上9階建に(3階の500人を含め)約5,300人収容。約7割がmobile workerでそのフリーアドレス席は3人に1席、本社内で働いているのは通常ほぼ3,000人。固定席は1,600×600、FA席は1,200×600。  Carly Fiorinaさんが米国HPのCEO兼会長の頃(2000~05)、彼女はワークプレイスについて過激な発言をしていたが、反省が入った模様。また、小田さんがおられたほぼ同じ頃、日本HPのFM部門をソニーFMに移したが、現在それは切れているとのこと。  豊田部長が、ビルの裏方まで親切にご案内下さり、解散は18時過ぎ。  豊田部長が、米国HPのPMと各種スタンダードなどを相手に色々と面白いことを実現しておられるのに感心。なお豊田氏は、私が1995年にカーネギーメロン大学に招聘された際、梅田さんと同じく同校の大学院に留学中だった方。 2012/03/14 02:02:18

2012/03/18

谷川大輔君広島赴任で塚田氏と3人昼食 id=837

4月から近畿大学工学部建築学科専任講師として広島に赴任する谷川大輔君を送る昼食会を、3月16日(金)12時45分から塚田幹夫氏と神楽坂のキャナルカフェで。谷川君は、理科大沖塩研究室最後の卒研生の一人(1997年卒)。 2012/03/18 01:55:21

2012/03/23

日本オフィス学会学会誌委員会 id=841

3月22日(木)15時から、日本オフィス学会の学会誌委員会にオブザーバーとして出席。  第4巻第1号のゲラが出揃い、校正。  フリーアドレス世界初の成功例と言われる1980年代清水建設技研の経緯について当時指揮された嶋村仁志氏、最新の米国事例などを仲隆介教授ら、神田や裏日本橋の古いビルや廃校を魅力あるオフィスにした事例をアフタヌーンソサエティの清水義次氏らの読み応えある論文が揃った。 2012/03/23 01:40:06

日本オフィス学会理事会 id=842

3月23日(金)13時半から水天宮のJOIFA会議室で開催の、日本オフィス学会第48回理事会に会長として出席。  出席者は、中村喜久男岡村製作所会長、松岡利昌名古屋大准教授、黒田章裕コクヨ社長、今泉嘉久プラス会長、吉田邦彦愛知淑徳大名誉教授、潮田邦夫コムシス情報システム相談役、山本那智子ゲンスラーデレクターと私の8名。  9月8日金沢美術工芸大学で開催予定の第13回大会の準備状況、東京と大阪で開催された研究セミナー「実践 オフィスの省エネ」、3月30日発行予定の学会誌第4巻第1号、と3件の報告の後、学会誌委員会規定制定と学会ホームページリニューアルの2件が承認された。その他として、事務局から日本学術会議協力団体申請について個人会員数は条件をクリアした報告、潮田委員から学会の次の目標として大学にオフィス学科の設置を目指すのはどうかとの提案があった。 2012/03/23 23:17:20

2012/03/31

人間ドック id=845

3月29日(木)8時半少し前に、人間ドック受診のため国立国際医療研究センター病院へ。  身長が2cm程縮んでいるのを知る。胃内視鏡検査を含め、今日判った範囲では特に問題はないとのこと。 2012/03/31 02:01:55

JFMA賞専門委員会と懇親会 id=846

3月29日(木)19時から、浜町のJFMAで開催のJFMA賞専門委員会にオブザーバーとして出席。次年度への課題、受賞事例パンフレット案ゲラ、次年度のスケジュールなどが議題。  終了後の20時半から、人形町の香港美食園で懇親会。 2012/03/31 02:06:33

2011年06月

2011/06/02

東京理科大学近代科学資料館企画展「火災の科学」 id=504

5月18日から始まっている東京理科大学近代科学資料館企画展「火災の科学」を、5月31日(火)12時頃から覗く。「火災研究者(理科大の先達たち)」の展示パネルに私が載っていて気恥ずかしい。「火災鑑定」の展示内容は、殆どが私の提供したもの。  観ていると、展示室の女性が「理科大の先生ですか」と声を掛けてきた。聞くと、2部建築の辻本研究室の大学院生で、理学部数学科森田研出身とのこと。  この企画展は8月8日まで。 2011/06/02 02:16:37

塚田先生に理科大8号館改修を案内して貰う id=505

5月31日(火)12時45分頃、連絡しておいた塚田幹夫氏が資料館に現われ、「喜楽」で昼食を一緒する。  食後、完成したばかりのPORTA神楽坂を外から見る。塚田氏が、神楽坂通り側の商店への入口を坂なりに入れるようレベルを変えさせたのは知っていたが、裏の路地側に当初予定されていた駐車タワーがなくなり、理科大構内と連続感のある空間になっていたのは知らなかった。塚田氏のお陰で、当初案より格段に良い環境になっていた。PORTAの3階は住居で、元神楽坂商店会の会長だった理科大電気工学科出身の上田氏の住まいはそこにある由。  その後、塚田氏の案内で改修が終わった理科大8号館を見学。元9号館の5階製図室と951教室に当たる教室や学生食堂が、改修という制約の中でかなり良くできており感心。 2011/06/02 02:20:23

建築確認電子審査・図書保存研究会下打合せ id=506

6月1日(水)13時から神楽坂の(財)建築行政情報センターで、今月発足する「建築確認電子審査・図面保存研究会」の下打合せ。出席者は、椋専務理事、左海研究部長、金谷事業課長、NTTデータ山口氏と私。 2011/06/02 02:23:37

2011/06/05

実践女子大学公開講座「百閒先生面白帖」 id=510

実践女子大学公開講座「百閒先生面白帖――龍之介戯画と多田基あて書簡」の案内を、先に多田基氏長男杉彦氏から頂いていた。6月4日(土)、JR中央線日野駅から15分程歩いて13時40分頃会場に着く。受付で、今日の資料と「多田基旧蔵:内田百閒書簡・写真集」を頂き、展示室で展示資料を見る。  内田榮造(百閒)がドイツ語教授として法政大学に赴任した1920(大正9)年、予科生として入学した多田基氏は、卒業後法政大学教授や実践女子大学理事長や学長を務められた。多田基氏宛百閒書簡100点余などが、2008年多田氏子息多田杉彦・毅両氏から実践女子大学に寄贈され、これらを中心に今回の展示・公開講座となった。私の妻の父、田中(平野)力は多田基氏と同期で、多田一家とは親交があった関係で今回の案内を頂戴した。  今日の公開講座は、百閒の「冥途」を画本にした版画家金井田英津子の講演が主。14時からの第1部は、「画本冥途」中の「花火」の画像映写と朗読の後金井田氏の講演。第2部は、「画本冥途」中の「盡頭子」の画像映写と朗読の後、実践女子大栗原敦教授・河野龍也講師と金井田氏の鼎談。  休憩時間に、杉彦・毅両夫妻に挨拶。岡山県郷土文化財団の万城あきさんからも挨拶を受ける。  金井田さんの「冥途」は、百閒の不気味さとユーモアを良く表現しているようで、この本を見たくなった。鼎談の中で彼女が、「黒沢明の映画『まあだだよ』は怖くてまだ観ていません。単なる師弟愛が描かれていたのでは、百閒とちょっと違うのではないかと思って」と述べたのは、実感が籠っていた。  最後に、杉彦・毅の両氏が紹介され、二人は壇上で挨拶。毅氏は、百閒が欠席した最後の摩阿陀会のテープ録音を披露、その中に百閒のテープでの挨拶が入っていた。  18時帰宅。 2011/06/05 02:18:29

2011/06/06

テレビ朝日ビフォーアフターに、池田佳人君出演 id=512

今日は振木真紀君(1992年1部卒業)の誕生日なのでメッセージを送ったら、次のようなニュースが入りました。  「池田が6/12(日)に『ビフォーアフター2時間スペシャル』に出演することになったようです」。  6月12日(日)18時56分からテレビ朝日で放送の『ビフォーアフター2時間スペシャル』に、池田佳人君(1992年2部卒業)が出演するようです。  お見逃しなく。 2011/06/06 16:24:45

2011/06/09

季刊誌OE企画会議 id=514

6月7日(火)13時から飯田橋の日建設計で、季刊誌OE (the Office Environment) の企画会議。出席者は、山梨(日建)、徳本(竹中)、長坂(Microsoft)と私の他、編集の小関、田中。  月初めに出た「夏号」では、大震災を受けて編集部が急遽山梨・徳本の両氏に原稿を依頼。山梨氏の記事は、大震災を受けての日建設計の対応。50名以上のスタッフによるブレストで、①節電義捐金(節電で昨年より浮いた金額を義捐金に)、②特別オープンデスク(東北の大学生たちを東京に呼ぶ)などが提案され、会社が賛同し実施。  徳本氏の記事では、「地震の当日、私は国道沿いを横浜方面に十数キロ歩いた。そのとき、ある企業が社員総出で歩道にあふれる人々に声掛けして温かい飲み物を提供し、オフィスビルのトイレを解放していた。夕刻、開いている数少ない飲食店はどこも満席で人が列をなしている中で大変ありがたいふるまいであった」が印象的だった。  次の秋号では、「グローバルIT企業のオフィス環境(第4回)」を主テーマとし、オラクル、ユニシス、ソニー、インテル、マイクロソフトの施設担当者の座談会を含むこととなった。FMのオペレーションが、グローバルで管理するサービスプロバイダー(Jones Lang LaSalleやCB Richard Ellisなど)に大きい影響を受けつつある状況などが浮かび上がると面白そう。 2011/06/09 01:54:48

2011/06/11

ホテルフジタ京都跡地にザ・リッツ・カールトン id=516

6月10日(金)付の建設通信新聞によると、吉村順三設計のホテルフジタ京都は今年1月に営業停止し、その跡地にザ・リッツ・カールトン京都を日建設計の設計で建設の由。ホテルフジタは、吉村さんらしいきめ細やか設計で、昔彰国社のディテイル誌の特集を私が担当していた時、このホテルのディテイルを何度か取り上げた。壊されるのは残念。  丹下さんの赤坂プリンスもフジタ京都も、外資系ホテルに太刀打ちできなかったのか。 2011/06/11 00:18:37

郡司勇君から著書「究極の温泉」贈られる id=518

郡司勇君(理科大沖塩研1984年卒)が昨年10月アーキメディア社から出版した著書「究極の温泉(伝統建築編)」が、6月10日(金)贈られて来た。  テレビ東京の「TVチャンピオン」全国温泉通選手権で3連覇を達成した彼の温泉巡りは、昨年9月までに4,674温泉地、約6,900施設を数える由。  この本は、温泉研究家で一級建築士の彼が厳選した「本物の温泉×伝統建築の宿」の紹介。  目を通すと、箱根湯本温泉の萬翆楼福住など、泊まってみたい宿が沢山ある。 2011/06/11 02:37:38

2011/06/12

池田佳人君出演のテレビ朝日「ビフォーアフター」 id=519

6月12日(日)18時56分からテレビ朝日で放映の「ビフォーアフター」を観る。  2時間の特別番組で、朝日新聞の番組欄では、「大改造!! 劇的ビフォーアフター 女性4人祖母・母・娘がSOS 台所シンク横に湯船…壁ない丸見えの風呂!! ▽違法発覚… 3階撤去▽解体前に号泣… 亡き夫&亡き娘への誓い… ▽超難問… 狭小12坪に焼き鳥店と音楽教室を▽素晴らしき才能!! 匠と娘のコラボが起こす奇跡」とあり、同新聞の番組紹介にも次のように取り上げられていた。「横浜市栄区にある築49年の木造2階建てを改造する。依頼人は次女の一人娘と共に暮らす74才の女性。48才の長女が娘の中学卒業を機に実家に戻り、親子3世代、女性4人で同居することを決めた。しかし、この家には、台所と風呂が仕切りなし並んでいるなど、様々な問題があった」。  改装を行った池田佳人君(理科大2部1992年卒業[総合設計]、神戸芸工大修士課程修了、ワイズデザイン)は、「身の丈の住作家」、「匠」と紹介され、彼とオーナーの女性4人とがこの2時間番組の主役。改装前の問題だらけの状況、無理難題と思える要求から、完成後女性4人の感動する様子まで、彼の「匠」振りが見事に描かれていた。  卒業生の活躍ぶりを知り、大変嬉しい。 2011/06/12 23:19:14

2011/06/13

第1回建築確認電子審査・図書保存研究会 id=520

6月13日(月)13時30分から軽子坂MNビル1階会議室で開催の、(財)建築行政情報センター第1回建築確認電子審査・図書保存研究会に座長として出席。  副座長の寺井達夫千葉工業大学准教授とご一緒するのは、10数年振り。委員は、アウェイ建築評価ネットの吉川社長、住宅性能評価センター田野辺社長他2名、西日本住宅評価センター山根部長他1名、日本建築センター天野部長他1名など指定確認検査機関の方々10名と地方自治体から3名、申請側では住友林業新原次長他2名と日建設計廣田主幹。オブザーバーとして、国土交通省建築指導課課長補佐2名。事務局は、建築行政情報センターの方々の他、NTTデータ林部長他4名。  第1回の今日は、米国と国内の事例紹介と課題の進め方の基本方針検討。 2011/06/13 23:31:17

2011/06/16

日本オフィス学会学会誌委員会 id=523

6月14日(火)15時から水天宮のJOIFAで開催の、日本オフィス学会学会誌委員会にオブザーバーとして出席。  次号V0l.3 No.2では、9月10日開催予定の大会関係が1/3ほどを占めることになる。大会午前の記念講演とPDが「東日本大震災とオフィス」関係となる他、依頼原稿もBCP(事業継続計画)2編を予定。 2011/06/16 00:58:17

2011/06/17

JFMA理事会・総会・懇親会に出席、理事から顧問へ id=526 6月16日(木)14時から霞ヶ関ビル35階の東海大学校友会館で開催の、(社)日本ファシリティマネジメント推進協会(JFMA)通常理事会に出席。昨年度事業報告及び決算、今年度事業計画及び予算の他、公益社団法人への移行申請関連議案、理事及び監事選任、相談役及び顧問推薦、役員の選任年齢など、盛り沢山の議題。鵜沢前会長、私、柳沢名大名誉教授の3人は今回理事を外れ、鵜沢氏は相談役、私と柳沢氏は顧問に推薦された。大学関係の新任理事は、長澤泰工学院大副学長と米倉誠一郎一橋大学教授。  16時からは、別室で通常総会。冒頭、坂本会長から「FMという宝をどう拡げていくか」、JFMA第3ステージの事業発展への力強い挨拶があった。  18時からは、富士の間で懇親会。会長挨拶、檀野副会長の乾杯発声の後、退任する役員と新任役員の挨拶があり、私が最初に指名された。次期副会長の山田匡通イトーキ会長、大井清一郎JR東日本ビルテック社長、檀野博三菱地所代表取締役、次期理事の向井真一内田洋行名誉会長、井田卓造鹿島建設技師長、今泉晋BELCA専務理事、西山克彦東急ファシリティサービス相談役、工藤義一富士通執行役員、米倉誠一郎一橋大学教授や中津元次、成田一郎の諸氏らと懇談できた。 2011/06/17 02:54:19

2011/06/17

MIT Media Lab所長に大学中退の伊藤穣一氏 id=527

6月16日(木)夜のテレビ東京WBSで、マサチューセッツ工科大学メディアラボ所長が日本人の伊藤穣一氏になっていることを知った。今年の4月26日に選任されたとのこと。  ネットで彼のブログJOI ITOに載っている「MIT Media Labに参加するにあたって」を読む。彼が選任されるまでの経緯も面白い。また、メディアラボの建築について「槇事務所がデザインをしたとても素敵な建物だ」とも書いている。ネット界の第一人者とはいえ、大学中退で博士どころか学士も修士も持たない彼を所長に選ぶ米国の大学の凄さに感嘆。ラボの共同創立者で初代所長のNicholas Negroponte の、彼への期待も凄い。 2011/06/17 02:57:48

2011/06/18

財)建築行政情報センター評議員会 id=528

6月17日(金)(15時から、神楽坂の(財)建築行政情報センターでの通常評議員会に出席。審議事項は、昨年度の事業報告と決算。また、一般財団法人への移行状況が報告され、1月11日申請書を内閣府に提出、5月20日公益認定等委員会から「適合と認める」と総理大臣へ答申があり、6月20日に認可される予定とのこと。 2011/06/18 01:47:11

2011/06/20

勝田尚哉写真展「築くⅡ」 id=531

建築写真家勝田尚哉氏の写真展「築くⅡ」が今日6月20日(月)16時までだったのに気付き、15時に家を出て新宿センタービルMBのペンタックススクエアへ。すべてが建築工事現場の写真で、現場の迫力が伝わってくる写真が並ぶ。  氏が会場におられ、色々と話す。氏は、理科大理工学部建築学科卒業後勤務していた竹中工務店を退職し、建築写真家として独立した方。竹中横浜支店長の増村清人氏(1981年理大卒)と前田忠雄君(1981年沖塩研卒)には在職中仕え、今もお世話になっている由。  彼の父君は、私のNTT建築時代の同僚で現在は二元会で活躍する洋画家。 2011/06/20 22:39:26

2011年05月

2011/05/01

朝日新聞朝刊のジョン・ダワーのオピニオン id=458

朝日新聞4月29日(金)朝刊オピニオン欄、米国の歴史家ジョン・ダワーとのインタビュー「歴史的危機を超えて」を読む。  「この大災害が世界の共感を引きつけていることをどう生かすかということです。・・・貧しい途上国もなけなしの財政から日本に支援を寄せ、日ごろは日本と必ずしも友好的でない国の人々も日本を応援しています。一国に対する同情的感覚がこれだけ広がったのはめったにないことです」「・・・この感覚があるうちに他国との連帯をどう築くのか。これが日本にとっての課題です。かつての教科書問題や領土問題が再び起きて、過去と同じような緊張関係に戻ってしまうのか。それとも日本外交は、信頼構築の新しい次元にはいれるのでしょうか」。  「私が注目しているのは、日本のいたるところで、助け合いやコミュニティーの感覚が生まれていることです。・・・そこにあるのは、宮沢賢治が残した詩『雨ニモマケズ』にあるような質実で献身的な精神です。・・・これまで批判されてきた攻撃的で対立的なナショナリズムとはまったく別物でしょう。この問題意識を伸ばして、日本をどのような国にすべきか、そういう議論に発展させてほしい。・・・今回の危機で明らかになったのは、日本社会のしなやかな強さでした」。  「福島第一原発の事故は・・・今回が単なる一回限りのアクシデントで、将来はもっと安全な原発の建設が可能なのでしょうか。それとも、原発依存から脱して、代替エネルギーの開発に大きく踏み込むべきなのでしょうか。官僚や電力会社任せにせず、一般の人も加わるボトムアップで議論を重ねるべきでしょう。・・・核軍縮の議論を日本が引っ張ってきたように、今回の危機を生かして、エネルギー政策でも指導的役割を果たしてほしいと思います」。  「建築を学んだ者として、東日本大震災後の日本をどうすれば良いか」をテーマに、OBOG会で議論してはどうだろう。 2011/05/01 01:42:37

2011/05/07

5月4日の天声人語 id=466

5月5日(木)、妻に言われ昨日の朝日新聞の天声人語を読む。  5月2日に「ビンラディン容疑者を10年がかりで討ち取った」米国について。  「米国民の歓喜は、『ビンラディンを生んだもの』への想像とまなざしを、いつもながらに欠いていないか」。  「宮沢賢治に『二十六夜』という物語がある。仲間を人間にやられた梟たちが復讐を叫ぶのを、梟の坊さんが諭す。『仇を返したいはもちろんの事ながら、それでは血で血を洗うのじゃ。こなたの胸が霽れるときは、かなたの心は燃えるのじゃ』」。「歓喜の一方で報復を不安がる図は、梟の坊さんの言うとおりだ」。  おかしくなった世界を変えるには、米国中心の金融システムを変えさせねば、とのビンラディンの考えにある理解を示す人は世界に少なくないだろう。テロには反対でも。  大震災で見られた「かね、かね」でない人間らしい多くの人たち動きを見ていると、おかしくなっている世界を変える震源地に、震災をバネにした日本がなり得るのではないか、と感じる昨今である。 2011/05/07 02:44:40

2011/05/08

浜岡原発全基停止と菅首相 id=468

菅首相は5月6日(金)夜の緊急記者会見で、「浜岡原発は防潮堤などが完成するまですべて止める」と発言。  菅首相にしては珍しい決断。東海地震で浜岡原発が福島の二の舞になったりしたら、日本は世界の笑いものになる。当然の決断を考える。 2011/05/08 12:28:21

2011/05/11

日本オフィス学会理事会・総会 id=473

5月10日(火)14時より、水天宮JOIFA会議室で開催の日本オフィス学会理事会に会長として出席。  事務局提案の昨年度の事業報告及び収支決算、今年度事業計画及び収支予算を了承。  4月9日東北大学で予定していて震災で延期となった第12回大会は、9月10日中央大学駿河台記念館で開催が決まった。  学会の東日本大震災への対応について、ゲンスラー山本那智子理事、日建設計山梨知彦理事より種々の提案があった。節電で浮いた電気代を被災地支援に充て所員に「暑い寒い」の文句を言わせないなど、日建設計での施策の紹介もあった。  15時10分から同会議室で開催の日本オフィス学会総会では、議長を務める。出席者15名、委任状25名で、必要数27名を超え総会成立。  予定の議題がすべて了承された後、大震災と学会について意見交換。岡村製作所中村喜久雄会長より、子会社が10億円の損害を被り義捐金を寄贈した話、山田匡通イトーキ会長から物流倉庫関係で被害のあったこと、計画停電が生産には響く話、原発の遮蔽扉を沢山手がけていて福島原発でも震災時2名の社員が扉を調整中だった話などがあった。オフィス学会として学問的にリスク対応を検討して欲しいとの要請も山田会長からあった。  地主廣明東京造形大教授からは、サンフランシスコ地震がテレワーク推進の契機になった事例紹介が、松岡利昌名古屋大准教授からはBCPの話、中村俊彦幕張メッセ社長からはメッセでの経験からの節電の話など、参考になる話が色々とあった。  9月の中央大学での大会では、既に予定されている内容の他、本江正茂東北大准教授の体験談や震災と学会のテーマを増やすこととなった。  総会終了後の懇親会は、所用のため失礼。 2011/05/11 00:34:14

2011/05/13

岡村製作所出版記念講演会での本江氏佐々木氏の話 id=476

5月12日(木)15時からホテルニューオータニ鳳凰の間で開催の、出版記念講演会の前半に出席。  2007年より3年間東北大学本江研究室に国内留学した、岡村製作所オフィス研究所池田晃一主任研究員著「はたらく場所が人をつなぐ」の出版記念講演会。 本江正茂東北大准教授挨拶  最初に、東北大学で池田氏の指導教官本江准教授の挨拶。著者池田氏との関わりなどの話の後、3月11日の大震災で建築研究棟が大破し研究室も演習室もない中で授業が始まった状況の話があった。話を聞きながら、この震災は情報技術と建築を研究テーマとする本江氏にとって大変なチャンスであり、また彼が被災した東北大学にいたことは大学教育や大学施設の在り方を考える上で日本にとってもチャンスであると感じた。平時なら耳を貸さない教授たちも、彼の実践例を見たりすると動く可能性があるのではないか。 佐々木俊尚氏講演「グローバル時代の新しい働き方」  次いで行われた、フリージャーナリスト佐々木俊尚氏の基調講演「グローバル時代の新しい働き方」も迫力があった。  プラットフォーム化とフラット化:①Googleが2000年代広告をプラットフォーム化、②Amazon, Facebookが決済ビジネスに進出。情報基盤がマスからソーシャルメディアへ。U-tube, Twitter, Facebookは、皆米国。レイヤーモデルがグローバル化しつつある。儲かる部分は今米国、そのうち中国やインドへ?  新ビジネスの諸条件: ①NMICODE化、②製造のグローバルネットワーク、③見える技術、見えない技術; 国ごとの垂直統合の終焉、プラットフォームの時代、module化。  世界は2極化:①巨大なグローバルプラットフォーム (GPF)、②小規模でノマドなモジュール。GPFを狙える日本企業は少ない。  グローバル時代の仕事:ノマドによりフリーランサー化していく、非正規雇用が当り前、大企業社員といっても信用できない。  セルフブランディング:①エゴサーチされる時代、②人脈と名刺で仕事のできる時代は終わった、③ネットが履歴書代わりになる。  仕事のスタイルが変わる、仕事道具は激減、クラウド+ブロードバンド+サードプレイス、ノマドへ。 本江氏に挨拶、佐々木氏と名刺交換  次の池田氏による著書説明の後の休憩時間に、本江氏に「君はついている、君が仙台にいたことは日本もついていた」と話す。佐々木氏とも名刺交換。後半のパネルディスカッションは失礼する。 2011/05/13 02:13:59

2011/05/16

築理会懇親会 id=481

5月14日(土)16時半から、新築成ったPORTA神楽坂(新大学会館)で開催の築理会懇親会に出席。  塚本理事長も出席、直井、平野、鈴木、伊藤、今本、宇野、辻本、真鍋、山名、田中、梅津の先生方、石橋敦之、塚田敏彦、増村清人、天神良久、林邦彦、宇野与四郎、斉藤裕、郷田桃代、川上英司、富重隆昭、山室励子、高坂哲男の諸君らと話し合った。 2011/05/16 00:40:38

2011/05/18

BELCA懇親パーティへ id=483

5月17日(火)17時半からロイヤルパークホテルで開催の、ロングライフビル推進協会(BELCA)懇親パーティに出席。  内田祥哉、深尾精一(首都大)、村尾成文(日本設計)、小松幸夫(早大)、峰政克義(清水)、三栖邦博・櫻井潔(日建設計)、木下達司・鴇田益宏(NOPA)、池田芳樹(JFMA)、北泰幸(竹中)、本田広昭(三幸)、大沢正次(建設通信)、沖田章喜・筒井淸志(NTTF)、大久保和夫(日建連)、今泉晋・清水友三(BELCA)の諸氏らと懇談。 2011/05/18 00:00:45

渡辺由香さんから名取市文化会館へ転職と電話 id=486

5月17日(火)BELCAパーティからの帰途、宮城県名取市閖上の自宅を津波で流された渡辺由香さん(宮城大学沖塩研卒)より電話。5月15日付けで南相馬市民文化会館退職、名取市文化会館勤務となった由。  NTTファシリティーズ林雄嗣設計の南相馬へは常磐線で1時間以上通勤にかかっていたが、槇文彦設計の名取は元の自宅のすぐそば。東日本大震災の前から、この話は決まっていた由。現状、南相馬は自衛隊の基地に、名取は避難所になっているとのこと。学生時代からの彼女の念願が叶い、本当に良かった。  家は流されたが、両親を含め家族6人全員無事というのは地域では少ない由。 2011/05/18 02:18:05

2011/05/22

プラチナ会 id=491

5月20日(金)12時から、白金亭で開催のプラチナ会(大学同級8人の会)。槇文彦と近藤基樹は、急遽欠席の連絡で出席6人。  神谷宏治から贈られた住宅建築2010年12号抜刷「住むところ・集うところ」で初めて知った、1962年新築の9坪の自邸のカッコよさを私から話題にする。また、昨年米国SFO在住の矢口哲也君の情報で知った1年後輩高瀬隼彦君の米国での活躍情報も話題に。 2011/05/22 01:50:28

JFMA企画・運営委員会 id=492 5月20日(金)15時半から浜町のJFMAで開催の、企画・運営委員会に出席。今回は、6月16日の理事会と総会に諮る議案(前年度事業報告と収支決算、今年度事業計画と収支予算、公益社団法人移行申請関連議案)などで議事盛沢山。 2011/05/22 01:52:59

2011/05/24

サンシャインシティ・ナコムナンジャタウンへ孫と id=495

5月23日(月)は、小学校4年生の孫が先週の学校行事の代休。友達と池袋サンシャインシティのナムコ・ナンジャタウンで開催中の、「モンスターハンターポータブル3rd」とのコラボイベントへ行く付き添いを親から頼まれた。  東急ハンズの先からサンシャインへの地下道で、電話のため子供2人より少し遅れて歩いていたら、子供たちが女の人に話し掛けられている。「どなた」と聞くと、警察手帳を示された。「休みでない日に子供二人がいたので」とのこと。子供の非行防止への巡回をちゃんとやっているのに感心。  ナムコ・ナンジャタウンの入口で、様子が分からずパスポートを大人1人と子供2人8,800円で購入。子供たちは、アトラクションに関心なくゲームのためだけに来たことを知ったのは後の祭り。ゲームソフトを示せば子供は入場料100円、大人も300円計500円で良かったのに、8,300円捨てたようなもの。  子供たちは、「リアル集会所」で見知らぬ人と4人一組でゲームをするなど、MHPの人気の凄さなどとともに私には初体験。 2011/05/24 02:42:19

2011/05/25

日本オフィス学会学会誌委員会 id=497

5月24日(火)15時から水天宮のJOIFAで開催の、日本オフィス学会学会誌委員会に出席。4月に東北大学で予定していた今年度の大会が震災で延期、9月に中央大学駿河台記念館で開催となったこと、未曾有の大震災を考え、Vol.3, No.2は発行を1か月程遅らせ、内容は大震災と9月の大会を中心とすることとなった。 2011/05/25 01:15:50

2011年04月

2011/04/10

2週間ご無沙汰 id=419

3月28日(月)夕方、喉の痛みで風邪気味と感じてから2週間、SNSの沖塩研究室への書き込みをさぼった。症状は大したことないが、用心のため外部の会議や委員会は欠席した。  そろそろ書き込みを復活させる予定。この間このSNSは、網野君のお陰で何とか途切れないで済んだ。網野君有難う。 2011/04/10 21:11:45

庭の山吹満開 id=420

先週から、自宅周りで染井吉野が満開。庭でも山吹が満開。写真の山吹の右側の山椒も新芽が瑞々しい。                     2011/04/10 21:13:50

2011/04/11

坂本会長からJFMAの今後について話伺う id=423

4月11日(月)15時、JFMAに坂本会長訪問、JFMAの今後について40分ほど話を伺う。非常勤職員や理事にも定年制を敷くとの話など、会長の考え全てに私は賛意を表明。 2011/04/11 23:57:28

建築行政情報センター評議員会議事録署名 id=424

4月11日(月)JFMAの帰途、16時20分頃神楽坂の建築行政情報センターに川島氏を訪ね、3月25日の評議員会議事録に議長として署名。 2011/04/11 23:59:34

2011/04/12

東日本大震災の大きい余震で樹林館エレベータ止まる id=425

帰宅して間もない4月11日(月)17時20分頃、大きい地震。東日本大震災の余震で、震源は福島県東部。いわき市など震度6弱、樹林館9階の揺れは、大震災以後最大。エレベータは止まるも、今回は18時半頃復旧。 2011/04/12 00:02:14

2011/04/13

東日本大震災被災者と戦後の私たち一家が重なる id=427

東日本大震災の被災者たちを想うと、肉親・住まい・財産・収入の道などを無くし、今後どうなるのか、「お気の毒」というのでは済まない、何とも言えぬやるせない気持ちになるのは、私だけでなく多くの日本人に共通だろう。  しかし、戦後の私たち一家は同じような状況だったことを、ふと思い出した。戦後すぐ父に死なれ、少しあった蓄えは戦後の物凄いインフレであっと言う間になくなり、財産も収入の道もなく、家は焼け残ったものの借家だったため家主から追い立てを食い、明日どう生きられるか先の全く見えない日々だった。高校生の私、良妻賢母型の母、小学生の妹と3人、「兎も角、今できることに全力を尽くそう」との気持ちで生き抜いてきたのだった。親戚や多くの知人に色々と助けて頂いた。これは私たち一家だけでなく、当時の多くの日本人に共通していたように思う。私自身の昔を思い出すことにより、現在の被災者の方々に「大丈夫、必ず立ち直れる」「戦後の多くの日本人は、同じような状況だった」と言って上げたい気持ちになった。  そして、私たちが助けて頂いたように、私たちが被災者の方々にお役に立つことは何かを考えたい。  また、このSNSでできることはないだろうか? 2011/04/13 01:18:58

2011/04/15

樹林館地階ドライエリアに落ちた野良猫を捕まえる id=431  

4月14日(木)20時前、お隣嘉糠さんの家の前を通ると、娘さんから「樹林館のドライエリアに猫が落ちているらしい、鳴き声がする」と。ドライエリアへ行って見ると、空調室外機の棚の間に黒猫が蹲っていた。嘉糠さんやそのお隣の飼猫ではなく、野良猫とのこと。嘉糠嬢は、猫使い的で猫にやさしい声をかけ、2時間かけて段ボール箱に猫を追い込んだ。その後近くの公園で放した由。 2011/04/15 01:11:51

2011/04/18

内田祥哉先生日本学士院会員ご就任を祝う会 id=435

4月17日(日)16時から学士会館で開催の、内田祥哉先生日本学士院会員ご就任を祝う会に出席。東日本大震災を受け、会の名前は「祝う会」から「先生とお話する会」と変わった。  最初に内田先生のご挨拶があり、今回の震災で大きい被害を受けた陸前高田は漁業の町だけでなく、気仙大工といわれる社寺建築など日本中で活躍している伝統工法の優れた大工さんを輩出している町とのこと。気仙大工に活躍の場を与えて欲しい、との話。  5年前まで東北大学教授だった伊藤邦明氏から、東北大学建築学科棟の被害状況の話を伺う。倒壊はしなかったが、低層から高層に切り替わるところの柱が酷いダメージ。彼の設計した隣の14階建ては無傷で、そこから撮った写真を送って下さる由。  横田昌幸NTTファシリティーズ名古屋支店長からは、大震災での通信局舎被害状況を聞く。平屋のALCや鉄骨造13棟が壊滅した由。船や車が外壁を突き破ったとのこと。斎藤光巧君設計の石巻電話局は、電源室を2階にしていたお陰で、津波は3階の高さまで来たが、2階には水はそれほど入らず、復旧は早かった由。  高橋靗一、宇野英隆、巽和夫、武者英二、小原誠、原広司、尾島俊雄、山下和正、八木幸ニ、本多昭一、塚越功、友沢史紀、長澤泰、陣内秀信、長島雅則、布野修司の諸氏ら50人以上の方々と親しくお話できた。長島氏は、つい先日MITでの会合に出席、ミッチェル先生の墓詣りをされた写真を見る。 2011/04/18 01:50:28

2011/04/20

JFMA賞専門委員会で被災地のトイレが話題に id=439

4月18日(月)18時からJFMAで開催の、JFMA賞専門委員会にオブザーバーとして出席。  東日本大震災で、BCPなどFMの重要性が再認識されるはず、との話から、災害時のトイレ対策が話題となった。下水が使えなくなる問題、仮説トイレは汚物がすぐ山もりとなる問題、非常時のための汚水浄化槽を準備している自治体の話など。 2011/04/20 02:13:58

2011/04/20

伊藤邦明氏より雄勝硯伝統産業会館の写真 id=440

内田先生の会で久し振りに会った伊藤邦明東北大学名誉教授より4月19日(火)メールで送られて来た、津波後の雄勝硯伝統産業会館の写真を見る。コンペで入賞して彼が設計したこの建築は、津波対策として収蔵庫は地上5m、設備機器は地上10mの屋上に置いたため、10mを超す津波だったが周辺の惨状とは違い、写真からは無事のように見える。  10年以上前、宮城大学にいた時2階建てだったこの会館を見学、来館者の少ないこの会館を7階建に増築する話を聞き、当時は少し疑問を感じたが、今回の津波では増築したことが幸いした模様。その設計者が伊藤氏とは知らなかった。 2011/04/20 02:20:11

2011/04/22

理科大近代科学資料館企画展「火災の科学」打合せ id=444

4月21日(木)15時、理科大近代科学資料館で、辻本研究室の西田幸夫研究員と資料館大石和江コミュニケーターに、持参の火災鑑定関係の私の著作やスライドなどを見せる。大石さんから「全部を展示したい」と言われ、預ける。  企画展「火災の科学(江戸の火災から高層ビル火災まで)」は、5月18日から8月8日まで開催される。  展示について色々と意見を述べたが、オープンまで日がなく、展示パネルも殆ど作成済みで、もう少し早く相談に乗っていれば良かった。 2011/04/22 01:11:02

2011/04/23

井戸の不調は地震で地下水位低下が原因か id=446

4月22日(金)9時過ぎ、協和総合設備生江氏来館。先月から空気が入って水の出が悪くなった井戸ポンプを診て貰う。井戸の水面を覗きながらポンプのスイッチを入れると水面の泡立つのが見え、地震の影響で地下水の水位が下がったのが原因らしい。来週パイプを少し長くして貰うこととする。 2011/04/23 00:59:32

2011/04/23

JFMAのFM普及戦略会議最終回 id=447

4月22日(金)13時半からJFMAで開催の、FM普及戦略会議に顧問として出席。今回は最終回。前回欠席したこともあり、私から7点程意見を述べた。  ①今までJFMAとの関わりが少なかったFM関連研究者たちにJFMAとの協力を求める。長澤泰副学長、遠藤和義教授(元東京都山本、東電児玉両氏のFM博士論文指導)、吉田倬郎教授らを擁する工学院大学の先生方、板谷氏の博士論文指導の早稲田大学の小松幸夫教授、国土交通省の審議会答申にFMの必要性を入れさせた東大の野城教授、経営系では古川靖洋関西学院大学教授など。  ②他学会などとの協力。先日尾島俊雄建築保全センター会長に会って坂本さんがJFMAの会長と話ししたら、愛知万博でご一緒したので協力したいとの話。上述の首都大学東京の山本教授は、現在建築学会施設マネジメント小委員会主査。上述の長澤副学長は、建築マネジメント学会を作った筈。  ③FM教育に、通信制大学院を活用できないか。2003年下関の東亜大学が通信制大学院を新設、デザイン専攻の建築・環境の教員は内井昭蔵氏で発足したが、直後に内井氏急死、大学が後任探しで建築家協会と相談したら、「今更新築のデザインよりFMの先生が良い」と私が後任となった話。美大の通信制大学院で、美術関係の学芸員希望などの学生が大勢いる話を紹介。  ④大震災をFM普及のバネに。東北新幹線白河の手前で大地震に会い、9時間車内に閉じ込められた際のJRの対応に感動した人の話を紹介、災害時の顧客への対応は組織の評価に大きく関わること、米国WTCの隣のビルが911で被害を受けた際に事前のBCP訓練が見事だったため事件後48時間で近くのホテルを借りて事業再開できた話(ハイヒールでは逃げ難いので女性は皆走り易い靴を手元に持ち、非常時を考えて近くのホテルを借りられるようにしていた)、21日朝日新聞朝刊のオピニオンでの東京海上日動の指田氏の話などを紹介。  ⑤石巻市雄勝の硯伝統産業会館について、来館者が少ないのに中層棟増築は可笑しいと考えていたが、増築のお陰で大津波を乗り切った話。  ⑥JFMA事務局は、多くの企業からの出向者で成り立っているが、出向して良かったと出向者も企業も感じる方式確立を。  ⑦森民夫長岡市長は建設省でJFMAに対応してくれた方。こういう方々にもっとJFMAへの協力依頼を。 2011/04/23 02:33:50

2011/04/28

建築家橋本文隆氏26日死去の報 id=454

4月27日(水)23時半過ぎ、FAXが入る。計画・環境建築会長の橋本文隆氏が4月26日死去されたとの訃報だった。71才。  理科大1部建築学科で設計製図の非常勤講師を務められたこともあった。  割に最近何かのパーティで久しぶりにお会いしたのに。 2011/04/28 08:49:37

2011年03月

2011/03/01

宇宙船ゼミで内田祥哉氏「戦後の建築基準法」 id=355

2月28日(月)18時半から銀座INAXで開催の宇宙船ゼミに、1時間ほど遅れて出席。内田祥哉氏の「戦後の建築基準法」の、終わり三分の一を聞いただけ。  席に着いた時には、建築基準法のあり方で「持ち主責任」の話だったが、続いて新建築士法の提案。基準法・士法ともに、持ち主責任の考え方に変えようとの提案。  次いで、「伝統的木造建築の新築」の話。大変面白かった。戦前の市街地建築物法では、「社寺建築は例外」としていたのに、1950年制定の建築基準法ではその規定を外した。そのため、伝統的木造建築の新築は建てられなくなった。そのような中で、伝統的木造建築の再建に皆が苦労した話。  焼失した金閣寺の再建では、関野克先生が違法を知りながら京都府教育委員会を動かし現場主任に松本軒吉棟梁を当てて確信犯的に建てられた話。そしてその辺の記録を残しておられる由。更に普通では再建費用に補助はでないが、国宝の庭園の重要要素としての建築として補助金を出させるのに成功した話。  1959年以降は、この問題に建設省が気付き厳しくなりだしたが、唐招提寺南大門の再建では、奈良県庁が知恵を出し、建築ではなく工作物として通した話。この方式で西岡棟梁の法輪寺三重塔、薬師寺東塔の再建が行なわれたとのこと。高さ制限のクリアでも、掛川城再建では、屋根の上部が制限をオーバーしたが、オーバーした上部の三角部分をペントハウスと解釈し許可した話など。  20時半からの懇親会には出ず。 2011/03/01 02:12:18

2011/03/05

季刊誌OE企画会議とマイクロソフト新オフィス見学 id=360

3月4日(金)13時から品川グランドセントラルタワーのマイクロソフト新オフィスでの、季刊誌OE(Office Environment)の企画会議に出席。  15時前から、日本マイクロソフト総務・施設管理部CREグループの長坂将光氏の案内で、新オフィスの見学。新オフィスの様々な仕掛けも大変刺激的だったが、この新オフィスの家具は入札結果殆どが海外のものとなった話、FMの管理は殆どグローバル企業の海外勢との話など、長坂氏から様々な刺激的な話があった。 2011/03/05 03:38:14

建築学会施設マネジメント小委員会と送別会 id=361

3月4日(金)18時から、日本建築学会施設マネジメント小委員会に出席。終了後、今期で委員退任の石塚義高、曽根暘子、私の3人の送別会を建築会館内の居酒屋で。参加者はこの3名の他、山本康友、円満隆平、五十嵐健、高橋暁、三橋博巳、山下光博、小松幸夫、板谷敏正、有川智、鈴木晴紀、門脇章子の諸氏。その後、板谷、曽根、鈴木の3氏に誘われ近くのバーで23時過ぎまで2次会。 2011/03/05 03:40:30

2011/03/06

理科大OBOG会 id=363

3月5日(土)18時過ぎから、神楽坂森戸記念館で開催の理科大沖塩研究室OBOG会に出席。  RING ARCHITECTSで上條さんと一緒に活躍中の郷野正広さんによる、台中オペラハウスの話。伊東豊雄設計の不思議な形の建築に、台湾の業者や職人たちとの取組みは感動的。私からは今年のJFMA賞受賞者の紹介。  21時過ぎからは、満月で懇親会。ジュネーブから帰国中の井上みゆきさんが、スペイン人のご主人と参加。 2011/03/06 15:51:37

2011/03/10

JFMA賞専門委員会と懇親会 id=369

3月7日(月)17時から浜町のJFMAで開催の、JFMA賞専門委員会に出席。坂本会長の要望などを踏まえ、次回の賞のあり方を論議。優秀FM賞の視点をより明確にしようと、刺激的な意見が交わされた。  19時過ぎからは、近くの「はじめの食卓」で懇親会。 2011/03/10 02:22:07

ホテル仙台プラザ閉鎖の新聞記事 id=370

朝日新聞3月8日(火)朝刊に、ホテル仙台プラザ3月25日閉鎖の記事。1888(明治21)年創業で地上15階、客室数177、地元資本の名門ホテルの閉鎖は残念。1997年から4年間の宮城大学勤務中は、時々利用した。コーネル大学ホテル学科卒業の社長にも何度かお会いした。1970年代NTTから仙台への出張では何度か利用した159年の歴史を持つ仙台ホテルも、2009年末に営業を止めており、仙台市内から老舗シティホテルが姿を消す。  昨年8月ウェスティンホテル仙台が開業、割安なビジネスが仙台駅前に相次いで進出の板挟みが原因。 2011/03/10 02:24:33

2011/03/13

東日本大震災 id=372

池袋西武に行こうと、3月11日(金)14時40分頃妻と家を出てJR山手線に乗る。大塚駅に差し掛かった時、凄い揺れで電車が止まる。暫く車内に閉じ込められたが、ホームにかかっていた前方車両のドアが外から開けられ、皆降ろされる。  改札を出たところのテレビで、東北が震度7の地震と知る。樹林館のエレベータが止まっていれば早く日立ビルシステムに連絡しようと、樹林館の住人に様子を聞こうと携帯で電話を試みるが全く通ぜず。電車は当分動きそうもないので家に帰ろうとするが、タクシー乗り場も公衆電話も長蛇の列。  妻と家に向かって歩き出して間もなく、空車を見つけタクシーで帰宅。エレベータは止まっているので、9階まで階段で。9階エレベータホールに置いてあった焼き物の甕が転がって割れ水浸し。室内も冷蔵庫や棚の扉が開き収納物が飛び出していた。トイレも水がこぼれていたが、停電していないので助かる。  日立ビルシステムに電話がつながるも、「病院などが先なので、今日中には何とかできると思う」との返事。エレベータが使えるようになったのは、夜1時頃。各階のガスをチェックすると、2階3階は大丈夫だったが、4階以上はすべて止まっていたので、ボタンを押して復旧させる。  根こそぎ人命や生活基盤を奪って行く東北地方の津波の凄さをテレビで見ながら、丁度66年前学徒動員で夜勤中の兵器工場から見ていた昭和20年3月10日のB29による空襲の惨状を想い出していた。  このSNSにご参加下さっている東樹君と渡辺さん、津波被害の大きかった名取にお住まいなので、心配している。  テレビで惨状が伝えられる宮城県の各地は、宮城大学勤務時に訪れた場所だけに胸が痛む。  なお午後出掛ける時、飲み残しのコーヒーカップをパソコンの傍に置いたままにしていた。帰宅してみると、そのコーヒーが愛用しているパソコン2台の中の1台にかかり、パソコンが不調になるという個人的被害があった。 2011/03/13 01:04:28

2011/03/14

東日本大震災での理科大学と宮城大学関係の安否 id=376

東樹純平君(理科大沖塩研1981年卒、名取市在住)は、無事で連絡取れたと塚田先生より。  芳賀沼整君(理科大卒業設計1999年卒)は、津波被災地にいたが高台に逃れ無事との報告が本人からあり。  熊坂恭洋君(宮城大沖塩研2001年卒、広島在住)より、宮城大関係者の安否情報アドレスを教わり見ると、「不明、情報求む」の中に、相模誓雄君(理科大沖塩研1989年卒、宮城大助手、仙台在住)と渡辺由香さん(宮城大沖塩研2001年卒、名取市在住、福島県南相馬市民文化会館勤務)の名前あり。この二人には、地震後何度も電話を試みたが通じない。相模君とは、地震前日電話で話したばかり。無事を祈るばかり。  この情報で無事が判った名前の中に、本江正茂氏(宮城大の私の後任で現在東北大准教授)や宮城大1期生2001年卒の杉山華恵さん、加藤政美君(今月20日結婚と相模君から電話で聞いたばかり)、渡辺一馬君、渋谷一貫君、木村弥生さんらの名前を見つけた。 2011/03/14 04:12:50

2011/03/15

相模誓雄君と電話で話す id=379

3月15日(火)10時前、宮城大学の相模君に電話が通じる。  11日彼は水戸から常磐線で仙台への帰途、北茨城付近で地震に会い、津波が来るというので5階建てビルに避難、避難所で一夜、タクシーで郡山へ。避難所で過ごした後タクシーで13日仙台に戻った由。 2011/03/15 12:55:39

2011/03/17

渡邊由香さんと東樹純平君から「生きてます!」と連絡 id=382

3月16日(水)20時頃帰宅してメールボックスを開くと、「生きてます!」と宮城大学沖塩研究室卒業の渡邊由香さんからメール。  宮城大学の安否ネットで彼女は、「不明、情報求む」となったままだった。自宅の場所は、地図で見ると名取川河口の近くで100%津波の被災地。勤務先は南相馬市民文化会館で、建物は無事だが近くは津波の被災地。原の町から名取までの帰路も海岸沿い。  「私の住み慣れた大好きな町は跡形もなく、瓦礫の山になりました。・・・家族は無事ですが・・・」と、奇跡的に家族全員無事の様子。どこでどうして助かったのかなどは不明だが、本当に良かった。宮城大学の安否ネットの彼女の欄を、「無事」と私の名前で書き直す。  同じく名取在住の理科大沖塩研究室1期生の東樹純平君からも、「生きております」とのメッセージがこのSNSに。塚田さんから13日午後「連絡がとれた」とこのSNSに書きこみがありホッとしていたが、直接のメッセージでご家族も自宅も無事と判り、本当に良かった。 2011/03/17 02:03:47

2011/03/19

長沢常人君の岩手県山田町の惨状 id=386

朝日新聞3月17日(木)朝刊の被害状況地図を見ると、岩手県山田町では「厚さ1m高さ8mの堤防をなぎ倒す津波。中心街は焼け野原」とある。塚田さんからの情報で、「長澤常人君(1987年卒総合設計)は地震時盛岡にいて無事だが山田町の家族と連絡が取れていない」とあった。ご家族のご無事を祈るばかり。  高さ8mの堤防で津波を防げないとすると、海岸沿いには住めない、ということか。今後の対応をどうすれば良いか、見当もつかない。 2011/03/19 00:33:33

2011/03/19

月刊「ガバナンス」清原慶子三鷹市長との対談 id=387

3月18日(金)13時から三鷹市役所で、清原慶子市長と対談。三鷹市が、第5回JFMA賞最優秀賞を受賞したことから、月刊「ガバナンス」5月号の「公共ファシリティマネジメント」特別対談企画で。 2011/03/19 01:11:21

2011/03/21

柴田尚彦君結婚披露宴出席で富山県礪波へ id=391

3月20日(日)14時半から富山県礪波市の柿里本店花御堂で行なわれた、東京理科大学1994年卒業(沖塩研究室)で富山県庁勤めの柴田尚彦君の結婚披露宴に出席。  19日18時18分上野発のMaxとき341号で越後湯沢、19時39分発のはくたか24号で富山へ。富山エクセルホテル東急泊まり。日帰りでも出席可能だったが、万一を考えて前夜富山入り。  20日10時46分富山発の北陸本線で高岡へ。城端線まで40分ほどあったので、駅近くの土蔵造りの町並み(写真)を少し歩く。  11時51分高岡発の城端線で、砺波へ。途中の車窓から、立派な屋敷林に囲まれた家々が点在する礪波平野散居村の田園風景が楽しめた。  1時間半以上余裕があったので、砺波駅から歩いて砺波チューリップ公園、砺波市美術館を観て、披露宴会場近くの四季彩館でコーヒーを飲む。  13時45分頃披露宴会場に入ると、丁度式場から到着した新郎と駅からタクシーで到着した塚田さんに会う。  司会者による新郎新婦の紹介、新郎上司の長谷川道隆富山県建築住宅課長と新婦の来賓挨拶の後、乾杯の発声を私が行なう。新郎が難関校理科大をストレートで卒業したこと、17年前の彼の卒論テーマがファシリティマネジメントであったことなどを紹介した。参列者65人程で、気持ちの良い披露宴だった。  17時50分発のバスで会場を出て、礪波18時10分発、高岡18時47分発、越後湯沢21時9分発で塚田さんと帰京。帰宅は23時少し前。震災後の交通状況を心配したが、往復とも通常と全く変わりなし。2011/03/21 16:52:20

2011/03/23

大震災で出席予定だった催し物次々中止 id=394

東北関東大震災の影響で、予定されていた催し物が次々と中止または延期に。  私が会長を務める日本オフィス学会は、大会を4月9日(土)東北大学で開催予定だった。大学被害甚大との連絡を受け3月15日中止決定。  私が発起人代表で3月23日(水)夜開催予定だった鵜澤JFMA前会長に感謝の会は、18日中止決定。  28日(月)午後東京理科大学事務部局長会議の後の管理職研修で、私はFMの講義を頼まれていた。中止になったと3月22日(火)朝塚田さんから昼過ぎ事務局より電話。  同じ28日午後日本建築学会FMWGで見学予定だった東京海上日動システムズから、延期して欲しいとメールが22日あり、延期を決めた。 2011/03/23 00:43:40

2011/03/26

日本オフィス学会理事会 id=398

3月22日(火)15時より浜町のJOIFA会議室で開催の、日本オフィス学会理事会に会長として出席。  東北大学で開催予定だった第12回大会延期の件、第20回研究セミナー報告など。企画委員会規定改正の件は、再度検討に。個人会員増強の件は、あと2社で100人を超える。 2011/03/26 00:53:31

人間ドック id=399

3月24日(木)8時半から、戸山の国立国際医療研究センターの日帰りドックへ。胃内視鏡検査を含め、今日結果の判った範囲では問題なし。 2011/03/26 00:57:04

JFMA通常理事会 id=400

3月24日(木)13時半から浜町のJFMA会議室で開催の、(社)日本ファシリティマネジメント推進協会通常理事会に出席。来年度暫定予算と会員入会が主議題。退会する個人準会員に永見真利子さんの名前があった。昨年度から始まった地方自治体などの公共会員が、今年度も30増えて70となった。  東北関東大震災に、JFMAとして何ができるかも論議した。 2011/03/26 01:00:47

建築行政情報センター通常評議員会 id=401

3月25日(金)15時から神楽坂の(財)建築行政情報センター会議室で開催の評議員会に出席、議長を務める。 2011/03/26 01:03:34

2011/03/27

芳賀沼整、阿部靖子の両君よりSNSに震災の話 id=405

SNSの沖塩研究室に3月27日(日)朝、理科大卒の芳賀沼整君(1999年卒卒業設計)と阿部(岩堀)靖子さん(1986年卒沖塩研)のお二人から震災関連のメッセージが入った。  芳賀沼君のは、雑誌「新建築」緊急特集「東北地方太平洋沖地震」の「建築関係者のメッセージ」とそれへの彼の投稿文。福島第二原発から2km北の福島県富岡町で、彼が設計し完成したばかりの遠藤邸、しかも地震の2時間前に昼食をご馳走になったお宅が、避難した高台から彼が見ている目の前で津波により海に運ばれていった話。施主の遠藤氏は、放射線の影響で数年間敷地に戻れないかも知れない話など衝撃的。同じ「新建築」の特集では、東北大学の五十嵐教授、本江准教授もメッセージを寄せている。  阿部さんのは、お住まいのさいたま市から実家のある茨城県石岡市へ、2週間前と昨日車で往復された際の状況報告。テレビでは報道されていない茨城県の被災状況が良く判った。 2011/03/27 23:35:59

2011年02月

2011/02/10

JFMA FORUM 2011に参加 id=327

2月8日(火)13時20分からタワーホール船堀で開催の、JFMA FORUM 2011に参加。  坂本春生会長の主催者挨拶の後、米倉誠一郎一橋大学教授の基調講演「新たな経営改革へのチャレンジ」。説得力のある刺激的な講演だった。「モノが売れない→コストカット→賃下げ、でどうなるか。賃金下がれば購買意欲減退、デフレスパイラル」「モノが売れない→賃上げ、でモチベーションを高める経営が必要」「モチベーションとイノベーションが経営のすべて」などなど。  講演後の会長控え室での会長たちとの懇談が、また面白かった。「当選したばかりの河村市長、大村愛知県知事と組んで名古屋でFMの推進を」と盛り上がった。「市民税減税の財源をFMで」と売り込もうと。坂本会長は、愛知万博の事務総長だった関係で名古屋に顔が広く、実現性のある話。  会場で会った理科大沖塩研関係者は、池上宗樹、戸梶大(墨田区)、塚田ジュニアの諸氏。  16時40分から5階小ホールでJFMA賞授賞式。賞状と記念品授与後、審査委員長の立場で私が審査総評。  18時50分からは、2階瑞雲の間でネットワーキングパーティ兼JFMA賞祝賀会。  会長挨拶、高辻経済産業省日用品室長、杉藤国土交通省建築物防災対策室長、韓国FM学会(KFMA)会長Jae-Pil, Choi教授の来賓挨拶の後、乾杯の音頭を取る。  パーティの中ごろ、今回のJFMA賞受賞者たちの紹介があり、最優秀賞受賞の三鷹市清原慶子市長の元気溢れる受賞者代表挨拶があった。 2011/02/10 02:25:05

JFMA FORUM アジアFMサミットに出席 id=328

2月9日(水)11時5分から、タワーホール船堀2階蓬莱の間で開催の、アジアFMサミットに出席。  Jae-Pil, Choi KFMA会長による「韓国FM最新事情」では、現在韓国で100階建高さ500mを超す超高層ビル計画が目白押しの状況の紹介があった。KPF設計、日建設計も協力のロッテスーパータワーは123階建高さ555m。 2011/02/10 02:27:02

2011/02/18

住宅総合研究財団の「すまいろん」休刊 id=336

(財)住宅総合研究財団から、季刊「すまいろん」2011年冬号が2月17日(木)送られてきた。1988年から発行してきたこの季刊誌は、通巻97号のこの号で休刊となるとのこと。毎号贈呈を受けながらあまり目を通していなかったが、住宅問題に関するレベルの高い雑誌であっただけに残念。 2011/02/18 02:53:49

内田雄造東洋大学教授の死去を知る id=337

2月17日(木)送られてきた季刊「すまいろん」2011年冬号に、内田雄造東洋大学教授が1月26日逝去との報があり驚く。1970年代前半、建築学会の日照問題研究会でご一緒し、まだ大学院生だった彼の先鋭な意見は強烈だった。昨年11月20日の鈴木成文元神戸芸工大学長を偲ぶ会で、何十年振りかでご挨拶を受けたばかりだった。享年68歳。2011/02/18 02:57:30

2011/02/25

建築学会FMWGでパソナと内田洋行見学 id=348

2月22日(火)15時から、建築学会FMWGでの呉服橋旧大和証券ビルを改装したパソナグループ本部見学に参加。  玄関を入ると、刈り取り間近の稲の田んぼ。室内には、大根、スイカ、かぼちゃ、トマトなど多様な食用植物が育っている。2009年10月にこのWGで多摩センターの本社を見学した空間緑化のグリーン・ワイズが植物指導をしている由。  人材派遣・人材紹介のパソナが、都会のアーバンファームと名付け、全館で野菜や植物を育てているのには驚いた。参加者は、本江、小鷹、鈴木、榊原、山田、海野に私の7人。  17時前にパソナを辞し、歩いて新川の内田洋行本社へ。理科大卒の三上君が受付で待っていてくれた。ユビキタス協創広場CANVASは、JFMA賞審査で私は2度目だが、何度見ても刺激的。平山信彦執行役員がずっと案内。  16時半過ぎからは内田洋行の会議室を借りて1時間強、今年のFMシンポジウムの打合せ。その後八丁堀の鳥元に席を移し、飲みながら打合せの続きを21時頃まで。最後までの参加者は、本江、小鷹、鈴木、山田に私の5人。 2011/02/25 02:14:58

2011/02/26

オフィス学会広報WGとJFMA FM普及戦略会議 id=350

2月25日(金)11時から水天宮のJOIFAで開催の、日本オフィス学会広報WGに出席。4月9日東北大学で開催の大会が話題。  近所で昼食後、13時から浜町のJFMAで開催の、第2回FM普及戦略会議に出席。坂本座長が身内のご不幸で欠席のため、中津元次副座長が司会。今回のテーマは、地方自治体等公的機関におけるFM普及促進策の検討。  井上常務作成の検討すべき事項と、萩原公共施設FM研究部会長からの提案メモと部会での意見メモを中心に論議。 2011/02/26 13:39:35

2011年01月

2011/01/04

新年おめでとうございます id=276

新年おめでとうございます。 遅ればせながら。 今年も、このSNSヴァーチャル沖塩研究室を宜しく。 2011/01/04 12:47:54

NHKBS「J.ダワーが語る米テロとの戦い10年」 id=277 1月2日(日)20時からNHKBS1で放映の「歴史学者J. ダワーが語る“アメリカ テロとの戦い”を観る。  米国の煽られた愛国心の問題を浮き彫りにした見ごたえのある番組だった。  一昨年玄田有史先生ら東大社会科学研究所の「希望学」を勉強した際、村上龍の「希望の国のエキソダス」とJ. ダワーの「敗北を抱きしめて」が強烈だった。前者のストライキをしている中学生の国会答弁「この国には何でもあります、本当に何でもあります、しかし希望だけがない」と、後者の「1945年終戦直後、焦土と化した日本に来た占領軍が見たものは敗者の卑屈や憎悪でなく、改革への希望に満ちた民衆の姿だった」。  終戦直後は「何もないのに希望だけがあった」日本人、現在は「何でもあるのに希望だけがない」日本人。  番組「米国テロとの戦い」では、戦争に駆り立てる愛国心を煽ったブッシュ大統領とその取り巻きやジャーナリズムの問題点を見事に抉り出していた。ピュリッツァー賞受賞の「敗北を抱きしめて」の著者は、さすがに視点が鋭い。 2011/01/04 12:55:28

2011/01/08

「財界賞」「経営者賞」贈呈式 id=281

1月6日(木)17時50分から東京會舘9階ローズルームで開催の、「財界賞」「経営者賞」贈呈式に出席。今回は、宇宙航空研究開発機構はやぶさプロジェクトの川口淳一郎氏と橋下徹大阪府知事が財界賞特別賞に。  毎年知った顔の殆どいないパーティ。今年は、元「新建築」編集長でこのパーティ初出席という馬場璋三さんと懇談。そろそろ帰ろうかとした時に、JFMAの池田氏が見える。 2011/01/08 00:10:38

ビル関係6団体新年賀詞交歓会 id=282

1月7日(金)12時からホテルオークラ平安の間で開催の、ビル関係6団体の新年賀詞交歓会に出席。  馬渕国土交通大臣の元気の良い来賓祝辞があった。「何時まで大臣を続けられるか」との前置きはあったが、建築基本法を含め建築関係法規の抜本的改正へも強い意欲の表明があった。  本田広昭(オフィス総研)、立石真(建築センター)、今泉晋・清水友三(BELCA)、三橋博巳(日大)の諸氏と懇談した他、多くの方々にご挨拶ができた。 2011/01/08 00:13:21

2011/01/18

プラチナ会で槇のAIAゴールドメダル受賞を知る id=297

1月17日(月)12時から白金台の白金亭で開催の、大学同級生8人の会・プラチナ会に出席。まず、同級生全員に回し読み中の日刊建設通信新聞社刊「復刻建築夜話」が、現在19人終わりこれまでの感想文のコピーを受取る。  出席の槇文彦が、AIA(アメリカ建築家協会)2011 Gold Medalに選ばれたことを祝って、乾杯をする。日本人の受賞は、丹下健三(1966)、安藤忠雄(2002)に次いで3人目。  来年が大学卒業60年になるので、これを最後の全員のクラス会とし盛大にやろうとの話。同期50名のうち生存31名、現時点での出席可能者は25名。 2011/01/18 02:43:58

2011/01/19

JFMA賞入賞者発表会 id=298

1月18日(火)11時から、日本オフィス学会での広報WGに出席した後、JFMAへ。  13時半よりJFMA会議室で、JFMA賞入賞者発表会。今回の参加者には、日経BP社から宮嵜清志建設局長の他日経アーキテクチュアの岡本藍記者も。  坂本会長の挨拶の後、審査委員長として受賞者の発表と審査結果講評を30分ほどする。 2011/01/19 01:25:41

2011/01/23

SAKURA Internet SNS 沖塩研究室への参加 id=302

2006年5月、元永二朗君の薦めでmixiに911研究室を開設した。しかしmixiは、参加者が多過ぎ怪しげなものも散見され多少迷っていたら、翌6月にso-net SNSが始まったことを知り、すぐに沖塩研究室を開設した。理科大と宮城大の多くの卒業生の参加を得て喜んでいたら、2010年2月「so-net SNSを6月で終了」との通知があった。そのため2010年6月から一時、mixiの911研究室に戻った。同年8月、房前君がSAKURA Internet SNSがso-net SNSとほぼ同様のサービスをしていると、ここに沖塩研究室を開設して下さった。  開設して5ヶ月になるが、参加者があまり増えず、記入も網野君の努力のお陰で何とか形を保っている状況だった。  1月19日、房前君がかなりの方々に招待状を出して下さり、急に懐かしい方々のご参加を得て、今後このSNSも活性化するのではないかと期待している。  このSNSは、クローズされたものなので、無関係の人は入ってこない筈。従って、できれば本名または類推可能なニックネイムでの参加をお願いしたい。次の方々は、どなたか判らないので、ご本人またはご存知の方はお知らせ頂けると幸い。  しのび。、はな、ホットスプリング、BUN、noriko、犬山イヌオ、はなみずき、みんと、みの、mm、タロウ、よねちゃん、nonchalan、ばーちゃん。 2011/01/23 02:07:22

2011/01/28

ビル経営管理士試験委員会 id=310

1月26日(水)14時から大手町ビル9階三菱地所会議室で開催の、日本ビルヂング経営センター「ビル経営管理士」登録証明事業試験委員会に、副委員長として出席。12月12日に実施した試験の合否基準を検討し、合格者を決定。 2011/01/28 00:24:30

元理科大学長故西川哲治先生お別れの会 id=311

1月27日(木)9時半頃、塚田幹夫氏より執筆中の原稿の図面の件で電話あり。そこで、元東京理科大学学長故西川哲治氏お別れの会が今日あることを知る。  西川先生は、1990年8月理科大学長になられ、私が1991年4月から工学部第2部学部長を務めていた間学部長会議などでお世話になった方。  東京理科大学と高エネルギー加速器研究機構の共催で、14時から青山葬儀所にて執り行われた「お別れの会」に出席。  お若い頃からクリスチャンだった先生だが、今日のお別れ会は無宗教。参列者は400人ほど。  最後の奥様のご挨拶には、印象に残る話が多々あった。1964年からの米国ブルックヘブン国立研究所客員研究員としての2年間が終わる時、先方から期間を延長するよう強い要請があったが、先生は日本に同じような加速器の施設を一刻も早く造るべきだと帰国、文部省など各方面に働きかけて筑波に高エネルギー物理学研究所を設立された話、この施設を利用した方々のノーベル賞受賞を喜ばれた話、理科大学長の話があった時奥様は反対された話など。  帰途、第一工房の佐藤伸利氏に会う。氏は、若いとき西川先生と教会でご一緒されていた由。 2011/01/28 00:27:41

国土交通省総合評価委員会委員長を辞退 id=312

1月27日(木)、国土交通省官庁営繕部計画課野口久課長補佐より、2006年度から5年間委員長を務めた総合評価委員会の2011年度の委員長について電話。若い人に交代して欲しいと、辞退を申し出で了承得る。 2011/01/28 00:31:25

2010年12月

2010/12/03

JFMA賞審査で南アルプス市健康福祉センターへ id=215

11月29日(月)8時新宿発のスーパーあずさで甲府駅集合、タクシーでJFMA賞現地審査の南アルプス市健康福祉センターへ。途中、雪を被った富士山、甲斐駒、白根三山が美しかった。  「五感で感じるユニバーサルデザイン」をテーマにした設計は、それなりに成功していると感じたが、FMの立場での評価は難しい。 2010/12/03 01:28:51

JFMA賞審査で三鷹市役所へ id=216

11月29日(月)13時29分甲府発の「かいじ112号」で三鷹、タクシーで三鷹市役所へ。「協働のまちづくりとFM――都市の再生とリノベーション」をテーマにした三鷹市の取組みにたいするJFMA賞現地審査。  応対は、内田治都市再生推進本部事務局次長、河野康之企画部長、都市整備部の小俣崇技監、若林俊樹公共施設課長。最初に清原慶子三鷹市長から熱っぽい挨拶があった後、内田次長からの説明と質疑応答。  2003年4月就任の清原市長のトップダウンと、施設担当職員のボトムアップの両方から、2007年度施政方針に「都市の再生・リノベーション、ファシリティ・マネジメント確立に向けた取組み」、2008年3月「三鷹市におけるファシリティ・マネジメントの推進に関する基本的方向」を策定するなど、市を挙げてFMに取り組んでいる様子は判った。 2010/12/03 01:32:37

2010/12/05

JFMA賞審査で勝田の日立ハイテクへ id=221

12月2日(木)、上野8時発のスーパーひたち号で勝田へ。日立ハイテクノロジーズで、「センサ技術を活用した組織活動可視化システム『ビジネス顕微鏡』」のJFMA賞現地審査。  その後、同じ日立ハイテク那珂事業所内にある、2005年度日経ニューオフィス賞受賞オフィスを見学。 2010/12/05 02:25:00

東海村の茨城電気通信研究所跡を見る id=222

12月2日12時少し前に日立ハイテク審査が終わり、思い立ってタクシーで50年前私が始めてチーフとして設計した茨城電気通信研究所の跡地を見に東海村へ。  原子力科学研究所正門前を左に曲がってすぐ左、跡地はすぐに判ったが、「いばらき電子ビーム研究センター」との表札がかかっており、私が昔設計した建物などは見られず、道路沿いの低い石積みの塀だけが50年前のまま残っていた。種生の松が大きくなっているのに驚く 。 2010/12/05 02:27:30

2010/12/08

JFMA賞専門委員会 id=226

12月3日(金)18時半からJFMAで開催の、JFMA賞専門委員会にオブザーバーとして出席。優秀FM賞、技術賞、功績賞について、9日の審査委員会に提出する専門委員会の評価を決める。会議が終わったのは、22時半過ぎ。 2010/12/08 00:29:59

理科大沖塩研OBOG幹事忘年会飯田橋北海道で id=227

12月6日(月)18時から飯田橋ラムラ20階の「北海道」で開催の、理科大沖塩研OBOG幹事忘年会に出席。塚田、石橋、仲、上條、嶋村、原、北山、増山、郷田、元永の諸君と私の11人。塚田さんは途中で帰宅、仲さんは理科大の授業で2時間ほど中座したが、23時まで何と5時間同じ場所で駄弁る。皆それぞれ活躍している様子で、楽しい一夕を過ごした。 2010/12/08 00:32:52

日本オフィス学会理事会 id=229

12月7日(火)15時から水天宮JOIFAで開催の、日本オフィス学会理事会に会長として出席。日建設計山梨知彦氏初出席。ゲンスラー山本那智子さんも久し振りに出席。  山梨新理事の紹介、第12回大会準備状況、第20回セミナー「組織のイノベーションを生む『柔らかい』働き方」紹介、新研究部会の提案、学会誌委員会報告、日本学術会議協力学術研究団体指定要件などが議題。 2010/12/08 00:37:43

2010/12/09

日建設計でのOE企画会議 id=232

12月8日(水)13時から日建設計会議室で、季刊誌OE(Office Environment)の企画会議。日建山梨、マイクロソフト長坂、竹中徳本、編集の小関、田中の諸氏。 この会議では、毎回刺激的な話が飛び交う。3月の次回は、マイクロソフトの新オフィスで。 2010/12/09 01:44:50

2010/12/12

JFMA賞審査委員会で受賞推薦案件決定 id=237

12月9日(木)10時から浜町のJFMAで開催の、JFMA賞審査委員会に委員長として出席、座長を務める。  成田一郎専門委員長が、専門委員会からの推薦案件を50分弱で要領よく説明。現地審査に参加された委員からの意見、質疑応答を経て、優秀FM賞、最優秀賞、技術賞、功績賞、奨励賞についての審査委員会の推薦案件を決定した。北川正恭、米倉誠一郎、高辻育史、村田博文らの審査委員から活発で鋭い意見が交錯し、気持ちの良い委員会だった。 2010/12/12 01:14:02

JFMA企画・運営委員会と懇親会 id=238

12月9日(木)15時半からJFMAで開催の、企画・運営委員会に出席。JFMAステージアッププラン(案)などが主議題。  委員会終了後、18時から人形町駅近くの「香港美食園」で懇親会。 2010/12/12 01:16:29

理科大工学部建築学科懇親会 id=240

12月11日(土)18時から理科大九段校舎5階で開催の、非常勤講師の先生方を招いての建築学科懇親会に45分ほど遅れて出席。  先ず、辻本誠、西田幸夫の両氏から、理科大近代科学資料館で火災関係の展示をする件について相談を受ける。その後、直井英雄、井口洋祐、山名善之、真鍋恒博の先生方、吉田克之、峰政克義、杉山義孝の諸氏らと懇談。沖塩研・総合設計関係出席者は、郷田、上條の二人。非常勤講師リストにあって欠席者は、濱野、富重、谷川、石川淳、石橋の諸君。 2010/12/12 01:24:05

2010/12/15

JFMA資格制度委員会と懇親会 id=243

12月13日(月)16時からJFMAで開催の、資格制度委員会に委員長として出席。試験委員会委員と更新講習委員会委員の選任、来年度の資格試験と更新講習の実施計画、更新講習終了者の確定などが主な議題。  18時からは、近くの浜町亭で懇親会。 2010/12/15 01:38:35

某プロジェクトの請負者選定ヒアリング id=244

12月14日(火)9時半から、総合評価方式による某プロジェクトの技術審査委員会に出席、続いて10時から15時40分頃まで、応募5社の管理技術者たちへのヒアリング。その後17時過ぎまで、今後の対応について話合い。 2010/12/15 01:47:54

2010/12/17

国立国際医療研究センターで頭部MRI検査 id=248

12月15日(水)11時から、国立国際医療研究センターで頭部MRI検査。脳動脈瘤のため年2回行っている検査。 2010/12/17 22:47:32

三重県東京事務所のフリーアドレスは続いている id=249

12月16日(木)15時半頃、三重県事務所を訪問。建築学会ワークプレイス小委員会で編集中の本に掲載予定の2000年の三重県東京事務所改革前後図掲載許可と、その後のオフィスを見るため。  主幹の藤本典夫氏が応対、オフィスは大分変わっていたが、フリーアドレスは続いているのは嬉しかった。 2010/12/17 22:52:41

西川哲治元東京理科大学長15日84才で死去の報 id=250

私が東京理科大学で工学部第2部学部長を務めた1991年頃の学長西川哲治氏が、12月15日老衰で死去されたことを朝日新聞12月17日(金)朝刊で知る。 2010/12/17 22:57:48

オフィス学会研究セミナー「柔らかい働き方」 id=251

12月17日(金)13時半からグランパークホール401で開催の、日本オフィス学会第20回研究セミナー「組織のイノベーションを生む“柔らかい”働き方」に出席。  第1部は、ワークスタイル研究部会部会長妹尾大東工大准教授と小沢一郎専修大准教授による講演。第2部は、スカイプで米国から参加の須田冨士子、マイクロソフトの長坂将光、日本IBMのマッキン美都の3氏による事例紹介。第3部は、1部と2部の講師に加えアマナの菊池英雄、シグマクシスの太田明子、NECネッツアイの武藤進、山武の石塚智司の7名によるパネルディスカッション。  第3部の途中16時40分頃抜け出す。 2010/12/17 23:00:45

沖塩研卒業のNTTファシリティーズ菊池伸夫君と id=252 12月17日(金)オフィス学会セミナーの14時45分頃からの休憩時間に、開催場所と同じビルにいるNTTファシリティーズの菊池伸夫君が会場に来てくれ、1階喫茶室で10分ほどお茶。  山本晴彦君は、本日お休みとのこと。 2010/12/17 23:06:46

2010/12/22

国立国際医療研究センターでMRIの結果変化なし id=259

12月20日(月)11時予約の国立国際医療研究センター原医師の診察は、珍しく待たされ12時。MRIの結果特に変化なし。 2010/12/22 23:05:42

JFMA賞候補を坂本会長了承 id=260

12月21日(火)13時からJFMA会長室において、審査委員会で決めたJFMA賞候補を坂本会長に報告、了承を得る。 2010/12/22 23:10:49

日本オフィス学会学会誌委員会 id=261

12月21日(火)15時から水天宮のオフィス学会で開催の、学会誌委員会にオブザーバーとして出席。 2010/12/22 23:12:42

韓国人留学生金柄鎮君と小峯氏兄妹との忘年会 id=262

本年9月東京大学藤井研究室の研究生となり、博士課程を目指す韓国人金柄鎮氏夫妻を囲んで忘年会を、と紹介者で法政大学日本語講師の捧倶子さんのお誘いを受け、12月21日(火)17時半銀座三越入口で待合わせ。金夫人は体調を崩し欠席。金氏、捧さん、彼女の兄小峯茂樹氏と私の4人で銀座鳥ぎんで会食。 2010/12/22 23:15:37

建築行政情報センター評議員会 id=263

12月22日(水)15時から神楽坂の㈶建築行政情報センターで開催の、臨時評議員会に出席。 2010/12/22 23:18:03

2010/12/30

雑誌「財界」JFMA賞インタビュー id=270

12月24日(金)14時半よりJFMA会議室で、雑誌「財界」の村田博文社長によるJFMA賞のインタビュー。 2010/12/30 00:15:38

2010年11月

2010/11/03

倉敷へ id=147

10月31日(日)14時3分東京発の「ひかり」で、岡山経由倉敷へ。浦辺鎮太郎設計の倉敷国際ホテルに泊まる。  11月1日午後倉敷市役所のJFMA賞現地審査を行なうことになったので、今年JFMA賞最優秀賞受賞の倉敷中央病院を午前中に見学することとした。  11月1日(月)8時過ぎにホテルを出て、大原美術館分館(写真1)の庭を通り抜け、倉敷川沿いからアイビースクエア(写真2)、丹下健三設計の旧市庁舎(現市立美術館)(写真3)など散策。 2010/11/03            23:59:36

2010/11/04

倉敷中央病院見学 id=148

11月1日(月)ホテルでチェックアウトしてから徒歩で倉敷中央病院へ。10時に病院着、施設グループ担当部長の藤本義秋氏の案内で2時間にわたり施設見学。相田俊夫常務理事も前半はお付き合い下さる。  新3棟が10月にオープンしたばかり。延床面積140,000㎡、病床数1,151、1床当り120㎡、手術室23室、医師420人、看護師1,250人、職員総数3,000人、来院者数300万人/年という大病院。  玄関車寄せに介護の資格を持つ3人の女性がおり、来院者を丁寧に案内。ホテルの玄関のよう。  玄関両側に芹沢銈介のステンドグラス、玄関ホールを抜けたところの温室、中庭、屋上庭園など、「家庭的な温もりも中で最高の医療を」との創設者大原孫三郎の意思が継承されている感じ。  医師・看護師の数や床面積を増やし、医療の質とホスピタリティのレベルを高めながら黒字経営を続けられるのは、元クラレ工場長も務められた相田常務らの力と創設者の理念を大切にする職員たちの力によるところが大きいと感じた。  この病院が、今年のJFMA賞最優秀賞を受賞したことは妥当といえよう。 2010/11/04 00:36:47

2010/11/04

8階建の倉敷駅ビルを解体し2階建とする話に驚く id=149

1983年竣工で8階建の倉敷駅ビルは、2010年末までにホテル倉敷(6~8階)と専門店街ルブラン(1~4階)が営業終了、その後ビルを解体して2階建駅舎とする由。倉敷は、観光客の減少はそれほどでもないが、宿泊客が大幅に減っているとのこと。 2010/11/04 01:38:26

2010/11/06

JFMA賞現地審査で国立国会図書館関西館 id=155

11月2日(火)8時に京都のホテルを出、近鉄の新祝園からバスで国立国会図書館関西館に予定通り9時半着。  中井万知子館長、山口和之次長に挨拶した後、総務課稲見弘課長補佐からの全般的説明、竹中工務店大阪本店FM部河本裕介課長代理からのFMSを主とした説明を受け、館内を見学。  前から見学したいと考えていた関西館を、思いがけず裏方まで見学する機会を持てた。神経の行き届いた爽やかな建築で、設計者の陶器二三雄氏の頑張りが良く分かった。                  2010/11/06 23:53:29

2010/11/09

建築積算協会環境セミナー id=158

11月8日(月)13時から浜離宮建設プラザ大会議室で開催の、㈳日本建築積算協会の環境セミナー「環境とコストを考える」にご招待を受け出席。  野城智也東京大学教授の「建築における環境とコストを考える」では、環境に配慮した建物は投資家/所有者の利益になると、環境問題を「コスト」ではなく「投資機会」または「ビジネスチャンス」と捉える動きが海外で拡大し、「責任不動産投資原則Responsible Property Investing」に700社を超える機関投資家や資産運用会社が署名、「環境不動産」という言葉が定着してきている由。国土交通省の「環境不動産ポータルサイト」参照。  酒井寛二中央大学教授の「プロジェクト環境会計手法の開発と応用」では、建設プロジェクトの事業者は環境配慮にどれだけ費用を投下すべきかの意思決定に迷うので、費用対効果を示す3手法が紹介された。  NTTファシリティーズ総合研究所の森谷靖彦氏の「グリーンビルの評価手法とBIMへの展開」では、イースター島文明の崩壊を例に環境問題の重要性を示した後、世界の環境性能評価システムの紹介、BIMによる評価、更に低迷する建設市場で環境ビジネスの重要性を示した。  参加者は150人以上と思われ、内容も良いセミナーで勉強になった。  塚田先生ジュニア、理科大2部総合設計卒の関口敦君など、多くの人たちから声を掛けられた。  17時過ぎからは、汐留のLIONでの小宴に招かれ、酒井、森谷の両講師、電機大の八木沢壮一、早大の五十嵐健、サトウFMの佐藤隆良、日建設計の加納恒也、鹿島の太田鋼治、前橋工大の河西良幸、理大松崎研卒でNTTFの武藤剛の諸氏ら多くの方々と懇談できた。 2010/11/09 01:21:36

2010/11/11

JFMA賞現地審査で内田洋行新川本社ビルへ id=162

11月9日(火)9時50分現地集合で、内田洋行新川本社ビルのJFMA賞審査に参加。対応は、平山信彦執行役員知的生産性研究所長ほか。最後に、向井眞一会長も顔を出された。  JFMA賞応募のテーマは、「内田洋行新川本社ビル『ユビキタス協創広場CANVAS』における戦略的FMの実践」。築39年のビルを、先端的ワークプレイスにしたもの。①多様なコミュニケーションをサポートする場、②協創(ナレッジ・コラボレーション)を促進する場、③実践・実証を通じた知識創造を支援する場。  意欲的な取組みには、好感が持てた。  見学の途中で、理科大から慶応SFCの大学院に進学し、内田洋行に就職した三上喜隆君が顔を出してくれた。 2010/11/11 00:13:02

JFMA賞現地審査東京海上日動システムズ㈱へ id=163

11月10日(水)9時50分現地集合で、多摩センターの東京海上日動システムズ㈱のJFMA賞現地審査に参加。  対応は、土居達也総務部長、加藤基広経営企画部部長、山下郁美総務部課長代理。  2004年グループ内3社が合併してできた会社。「社員のやりがいを最大限に発揮でき、社会に貢献できる会社づくり」を企業理念・経営戦略に掲げている。  ビルは、1993年完成で16階建本館(2階受付・食堂、4階会議室、5~16階オフィス)、中央棟(データセンター)、別館の3棟。そこに、社員1,400人(内半数強が開発部隊)、IBMや富士通などからの出向を含め2,300人が働く。  JFMA賞応募のテーマは、「FMを通じて『社員のやりがい発揮と社会貢献』を実現」。「やりがい」向上、ボトムアップ、競争より仲良く、がテーマ。具体的には、①「ノマド型社員」のワークスタイルを実現するワークプレイス:フリーレイアウトオフィス、②日常の職場では解決しにくい問題を論議する場:フューチャーセンター、③障害者がやりがいを持って働ける場:スマイルカフェ(社内喫茶店)&スマイルオフィスサービス(名刺作成、椅子清掃等)。①は、業務の中から世界一を狙えそうなテーマを社員が自主的に見つけ、その目標に挑戦できる制度ができたことにも絡んでいる。オリジナリティあるオフィス、わくわく働けるオフィスを狙っている。②は、欧州発のフューチャーセンターの、富士ゼロックスに次ぐわが国第2号といえるもの。③により、障害者雇用率は法定1.8%を大きく上回る3.5%。  頑張っている様子が良く判り、嬉しい気持で説明を聞いた。 2010/11/11 00:18:36

2010/11/12

JFMA賞現地審査で佐世保の親和銀行へ id=169

11月11日(木)7時25分羽田発のJALで福岡には予定通り9時半前に着くも、福岡空港からの高速バスは40分遅れで佐世保着12時40分。昼飯抜きで、親和銀行本店でのJFMA賞現地審査へ。  JFMA賞応募のテーマは、「親和銀行における保有施設のFM・CMサイクルの実践について」。  1939年創業の親和銀行は、佐世保市を中心に長崎県の地方銀行として事業展開。2007年福岡銀行、熊本ファミリー銀行と統合し、ふくおかフィナンシャルグループ(FFG)に。統合以前、親和銀行はFM的には何もしていなかった。統合後、福岡銀行が行っていた手法を取り入れ、劣化診断、予防保全に予算を組み、NTTファシリティーズにアウトソースして効果を挙げている由。現在95ある店舗を、近く80~85に減らすが、3年間で1巡の予定。銀行側のFM専任は一人。  質疑応答の後、白井晟一の代表作である本店(第1期1967年・写真左、第2期1969年)と懐霄館(1975年・写真右)を見学。白井の石と木の扱いの凄さに感嘆、大変な目の保養となった。残念ながら、室内の撮影不可。  これらが建築された時期、佐世保は景気が良く親和銀行の収益は地方銀行の上位にあったため、当時の頭取は国宝クラスの美術品も多く蒐集しており、懐霄館はそれらの収蔵に充てられている。  その後、ブランディング改修実施の浜田町支店と劣化改修実施の大野支店を視察し、JRで博多へ。2010/11/12 23:51:21

2010/11/13

JFMA賞現地審査で福岡西南学院へ id=170

11月12日(金)7時45分に西鉄イン博多を出て、地下鉄西新から徒歩で西南学院小学校へ。  JFMA賞応募のテーマは、「学びの場の持続的な発展を目指すスクールFMの実践」。  1916年、米国バプテスト派宣教師による男子中学校創立が西南学院の始まり。幼稚園、中高大学から大学院まであるのに小学校だけなかった。2010年開校の小学校の設計は、鹿島建設。2003年移転竣工の中・高校の設計は、日建設計と鹿島建設。ヴォーリズ設計で1921年竣工の本館は、大学博物館に。大学と大学院の校舎は順番に建替中。  8時半から、小学校のチャペルでの礼拝を見学。説明と質疑応答の後、小学校内見学。神経の行き届いた好感の持てる建築。設計担当の丸山琢氏は、理科大卒の振木君と鹿島建設同期入社の由。  13時福岡発のJALで帰京。羽田着は30分程遅れた。13日から横浜で開催のAPEC首脳会議のため、福岡空港でのセキュリティチェックは長蛇の列だった。 2010/11/13 02:01:56

理科大OBOG会で網野君のプレゼン id=175

11月13日(土)18時から神楽坂森戸記念館で開催の、OBOG会に出席。山梨県塩山に事務所を構え古民家再生などで活躍している、沖塩研究室1982年卒網野隆明君によるプレゼン。  出席者たちに大きい刺激を与えてくれた素晴らしいプレゼンだったが、出席者が24人ほどで少し寂しく残念。  21時終了後、近くの居酒屋で23時過ぎまで懇親会。少し飲みすぎた。 2010/11/16 01:20:39

2010/11/16

ビル経営管理士試験委員会 id=176

11月15日(月)14時から大手町ビル9階の三菱地所会議室で開催の、ビル経営管理士登録証明事業試験委員会に副委員長として出席。試験問題案の検討を行なう。 2010/11/16 01:26:49

BCS賞受賞懇親パーティで乾杯の発声 id=177

11月15日(月)10時半から帝国ホテル孔雀の間で開催の、㈳建築業協会のBCS賞表彰式と懇親パーティに出席。  パーティでの乾杯の発声を頼まれていたためか、表彰式は受付嬢の案内で中央の指定席に。  懇親パーティでの山内隆司会長(大成建設社長)挨拶に続いての乾杯発声では、3月の建築学会FMシンポジウムでの「希望学」とweak ties の話に触れ、今日のパーティでの出会いが「希望」のきっかけなることも祈って杯を挙げたい、とした。  槇文彦、日建設計の桜井潔副社長とOBの三栖邦博・小倉善明、元坂倉事務所の阪田誠造、細田雅春佐藤総合社長、建築情報システム研究所馬場しょう三、井上勝徳国土交通省住宅局建築指導課長・橋本公博住宅生産課長、立石真日本建築センター理事長、清水令一郎と奥田修一の元建設省官庁営繕部長、清水建設の割田正雄常務執行役員とOB山本俊介・藤江澄夫・笠原健二郎、竹中工務店服部紀和元副社長と北泰幸常務、元大林組の舟橋巌、鹿島建設建築設計本部篠田秀樹と丸山琢、大成建設野呂一幸常務、共立建設の今井和人工事統括部長と飯沼利雄課長、五関直一りんかい日産建設常務執行役員(理科大卒)、深尾精一首都大学東京教授、藤上輝之芝浦工大名誉教授、辻本誠理科大教授、大澤正次日刊建設通信新聞社社長、建築写真家勝田尚哉の諸氏らと懇談できた。 2010/11/16 01:31:55

2010/11/17

JFMA賞現地審査で北区立中央図書館へ id=180

11月16日(火)9時50分現地集合、北区立中央図書館でのJFMA賞現地審査。  元陸軍造兵廠の赤レンガ倉庫を活かし、佐藤総合の設計で2008年6月オープン。様々な配慮が見られる気持ちの良い図書館。  戦争末期中学生だった私たちは、勉強せずに毎日兵器作りに動員されていた場所の一角で、懐かしい思い。 2010/11/17 01:40:33

神楽坂路地シンポジウム「谷中×神楽坂」 id=181

11月16日(火)18時から神楽坂の理科大森戸記念館で開催の、第10回神楽坂連続路地シンポジウム「谷中×神楽坂」に参加。  東京藝大前野研出身で谷中学校運営人の手嶋尚人氏の講演と、野池幸三谷中地区町会連合会会長+手嶋氏+西村幸夫東大教授の鼎談。  手嶋氏の話: 地域雑誌「谷中・根岸・千駄木(谷根千)」発刊が1984年、1890年建築の酒屋・旧吉田屋本店を移築復元し台東区下町風俗資料館敷設展示場としたのが1987年。地域有志と東京藝大前野研究室との共同研究「上野桜木・谷中・根津・千駄木の親しまれる環境調査」を経て、谷中芸工展の始まりが1993年、「谷中・上野桜木地区まちづくり憲章」制定と谷中地区まちづくり協議会設立が2000年。  野池氏は、谷中三崎坂のお寿司屋さんで現在84才。近くに東京藝大があったことが、谷中には大きいプラスだった、と野池氏。  19時半からの懇親交流会は失礼した。 2010/11/17 01:44:04

勝田尚哉氏よりBCS賞乾杯発声の写真 id=183

2010/11/18

11月15日のBCS賞表彰式パーティの場で会った勝田尚哉氏から、私が乾杯の発声をしている写真3枚を17日メール添付で贈られる。氏は、理科大理工学部建築学科卒業竹中工務店勤務の後、建築写真家として独立した方。神楽坂校舎2,7,9号館改修工事竣工写真も撮影した由。また、理科大入学希望者向けパンフレットに、「ちょっと変わったOB」として登場しているとのこと。  氏の父君は、電電公社建築局で私と一緒に仕事をした仲間。現在は二元会所属洋画家。2010/11/18 00:51:44

2010/11/21

故・鈴木成文先生追悼の集い id=188

11月20日(土)17時40分よりアルカディア市ヶ谷で開催の、「故・鈴木成文先生追悼の集い」に出席。  服部岑生氏の総合司会で、第1部は司会長澤悟、パネラー内田雄造、布野修司、小林秀樹、西出和彦の諸氏による「故鈴木成文先生追悼シンポジウム」約1時間、19時前から第2部の追悼の集い。  参加者約90名。理科大関係の参加は、宇野求教授、初見学理工学部教授、神戸芸工大大学院で鈴木先生にお世話になった池田佳人君。  船越徹、岡田新一、柳澤忠、吉田あこ、吉田邦彦、高橋鷹志、服部岑生、内田雄造、杉山茂一、初見学、深尾精一、安藤正雄、布野修司、小林秀樹、宇野求、土居義岳、山田哲弥、古賀紀江、池田佳人の諸氏らと懇談できた。 2010/11/21 01:23:44

2010/11/23

佐倉市へJFMA賞現地審査 id=194

11月22日(月)9時40分京成佐倉駅集合で、10時から佐倉市のJFMA賞現地審査。参加者は、石福、柳澤、宮嵜と私の審査委員4名と専門委員4名、事務局荻原。  蕨和雄市長の挨拶の後、資産管理経営室の増澤文雄室長と池澤龍三副主幹による明快な説明。  黒川紀章設計の本庁舎は、それなりの姿を保っていた。  13時過ぎ渋谷に着く必要があったため、11時に審査会を途中で抜け出す。2010/11/23 01:01:04

2010/11/25

東寺五重塔初層内部見学 id=199

11月24日(水)、京都西本願寺での親戚の会出席のため、前夜23時22分京都入りし、新都ホテルに泊まる。9時頃ホテルを出て、徒歩で東寺へ。25日まで秋季特別公開で五重塔初層内部が公開されており、初めて内部見学。2010/11/25 13:59:23

京都西本願寺飛雲閣など見学 id=200

11月24日(水)11時に新都ホテルを出、徒歩で11時半から西本願寺聞法会館で開催の親戚の会へ。  13時過ぎ、龍虎殿に移動、飛雲閣から書院の見学。京都発16時56分のひかりで帰京。2010/11/25 14:10:57

2010/11/27

都市デザインシステム元社員と東京電力がシェアプレイスで協力 id=204

11月26日(金)15時20分シェアプレイス東神奈川現地集合で、「シェア型賃貸住宅『シェアプレイス』」のJFMA賞現地審査。対応は、東京電力グループ㈱リビタの森尻謙一常務取締役と木内玲奈さん。  「利用されなくなった独身寮などの既存建物をシェア型賃貸住宅へと改修」がテーマ。既に9棟496戸の実績があるとのこと。今回の見学建物は、1987年竣工でオーナーが三菱化学と単身寮として20年契約していたが、2007年契約解除で空家となっていたものを、シェア型57戸の賃貸住宅に改修、2009年12月オープンしたもの。  元独身寮とのことで侘しい感じの建物と予想していたら、優れたデザインの3階建の建築。ル・コルビュジェの最後に日本人弟子進来廉氏の設計らしい。  単身寮時代の厨房を同時に複数が調理できるよう改修、大浴場をシャワー室とランドリーに改修、図書室や映写室設置など、共用部に付加価値をつけ、ワンルームマンションより少し高めの賃料でも満室を続けている。  ㈱リビタは、東京電力グループの会社だが、職員には2008年倒産した都市デザインシステムからの転職者も多く、コーポラティブでのノウハウが生かされている。有意義で面白い試みで成功していると感じた。2010/11/27 13:45:48