黒川兼行君へのインタビュー: 知的生産には最高の環境だったベル研究所 id=1145 2012年米国で出版のJon Gertner著「アイディアファクトリ The Idea Factory: Bell Labs and the Great Age of American Innovation」の翻訳本が、2013年土方奈美訳「世界の技術を支配するベル研究所の興亡」の名で出版された。1925年AT&T(アメリカ電信電話会社)が発足させ、トランジスタ、衛星通信、情報理論、光ファイバーなど現代生活に深く関わる基礎技術を開発し続け、13人ものノーベル賞受賞者を輩出して世界で最も尊敬される研究所だったベル研は、1984年のAT&T分割以降その光を失った。 1969年、NTTの建築部門に在籍し横須賀電気通信研究所(現・NTT横須賀研究開発センター)の設計責任者となった私は、米国の研究所建築視察の機会を得、特にマレーヒルとホルムデルの2つのベル研究所(以下 ベル研)は視察の目玉だった。訪米前、私はベル研訪問時の質問案を作成し電気通信研究所の方に意見を求めたところ、「こんな難しい質問は返事を英語で聞いても判らない。ベル研には日本人がいるから、その人に日本語で質問したら良い」とのアドバイスを得た。聞くとその日本人とは、何と私の小学校同級生の黒川兼行君だった。マレーヒルのベル研で会った夜、彼の自宅で彼から話を聞けたことは、本当に幸いだった。 アイディアファクトリを読み、この中にオフィスの生産性を考えるヒントがあるように感じるとともに、ベル研に永らく在籍した黒川君のことを思い出した。 彼は、東京大学第二工学部電気工学科を卒業、1957年東京大学助教授になり、在職中に2年間ベル研で研究、1963年東京大学を辞しベル研入社、75年迄の12年間で世界初のシングルモードファイバ通信に成功するなどベル研で大きい業績を挙げた。彼は「Sパラメタ―の父」と呼ばれ、その道では世界的に著名な方。 日本オフィス学会誌で彼の話を取り上げることになり、1月7日(火)14時から水天宮のJOIFA会議室で仲隆介氏と黒川君へのインタビュー。 2014/01/09 01:43:24
米国ベル研究所で業績を挙げた黒川兼行君へのインタビュー提案 id=1118 Jon Gertner著The Idea Factory – Bell Labs and the Great Age of American Innovationの和訳本「世界の技術を支配するベル研究所の興亡」を読み、知的生産性を考えるヒントがこの中に色々あると感じた。 10月14日(月・体育の日)、東大助教授のポストを振ってベル研に移り14年間の在籍中多くの優れた業績を挙げた黒川兼行君に、「高い知的生産性を誇ったベル研の環境」といった原稿かインタビューを頼めないか電話。 彼は、昨年不整脈で入院し今も薬を飲んでいて原稿は無理だがインタビューならOK、とのこと。彼が今まで書いたものは、GoogleのRONDAN INDEXで見られると言われ、東大生研・生産研究14巻4号やRFワールドのインタビューなどをチェック。 10月15日(火)15時から水天宮の日本オフィス学会で開催の、学会誌委員会で次号にこのインタビューを提案、賛同を得た。 2013/10/15 23:07:12